太田述正コラム#4535(2011.2.2)
<皆さんとディスカッション(続x1094)>
<TT>
 随分前のコラムですが、
≫相対的に世俗化し、近代化したイスラム教国であるトルコやマレーシアは、少なくともイスラム教世界的停滞からは抜け出していますし、 米国のイスラム教徒は、貧困と失業どころか、その中位(メディアン)家庭所得は米国の平均家庭所得を上回っています。
 後者については、米国のイスラム教徒の半分以上が大卒 以上なので、当然と言えば当然なのです。これは西欧諸国が単純労働者を移民として受け入れる政策をとったのに対し、米国の移民法は金持ち・高能力者・高学歴者を優遇しており、高等教育を受けに来たイスラム教徒の多くが帰国せずに米国にとどまり、帰化してきた、という経緯があるからです。≪(コラム#956。太田)
 日本が米国のような受け入れ政策をとれば、一定程度まで世俗化していない人々を篩にかけることができるということでしょうか?
 また、そもそもイスラム教徒が原理主義化の懼れのあるもの↓として受け入れを制限するとして、
≫日本でも既に、ささやかながらイスラム移民(居住者を含む)問題が起こりつつある。 ↓
 「・・・外国人が約10万人、日本人が約1万人と推計される国内イスラム教徒日本に住む・・・<この>イスラム教徒の間で墓地不足が深刻だ。土葬のため、地域住民から理解を得られず、行政の許可がなかなか下りない。・・・」・・・
 このことが象徴しているように、宗教上の「禁忌」への固執度がイスラム教徒の場合異常に強く、これが彼等から柔軟性を奪っているわけだ。
 イスラム教そのものが世俗化する(=水で薄まる)・・これがむつかしい。論理矛盾と言ってもいいくらいだ。むしろ、原理主義化のモーメントが常に働いて いると考えた方がいい・・か、彼等がイスラム教を捨て去る・・禁止されているからこれも容易ではない・・ことがない限り、間違ってもイスラム教徒 を積極的 に移民として受け入れてはならない、ということだ。≪(コラム#4321。太田)
 将来、現実的にどのような方法をとり得るでしょうか。
 受け入れ対象を信仰宗教別に選別するのは、国籍別、所得別に優先順位をつけていくのと同じようにできるのでしょうか?
<太田>
 上澄み層の受け入れ政策は既に日本も(民族的宗教的地域的限定をつけずに)とっていると承知しているところ、その受け入れ基準を米国、カナダ、豪州等並みに緩和すればよいと思います。 
 他方、下積み層(3K、保育・介護等の要員)の受け入れについては、現行の日本民族的限定→歴史的(旧日本帝国:台湾・韓国・北朝鮮・南洋諸島の住民)限定マークI→歴史的(戦時中の大東亜会議参加国:支那・フィリピン・ベトナム・タイ・ミャンマーの住民)限定マークII、へと、当面、逐次拡大していく、というのが私抱いているイメージです。
<sophy>(2008.7.18)http://starlight.la.coocan.jp/blog/2008/07/post-434.html
 –「岩手・宮城内陸地震」自衛隊の対応–
 ・・・以下、核武装と日本の軍事戦略-防衛省OB太田述正ブログの皆さんとディスカッション(続x193)<(コラム#2668)↓>へのコメントです。
 「>日本でも自衛隊のパレードや戦闘機のショーでは大歓声が上がるのでしょうか?
 もちろん上がりますよ。
>日本の首都で将来、軍事パレードが実現する可能性はあると思いますか?
 私が防衛庁に入った頃は、千駄ヶ谷の国立競技場で観閲式をやっていたものです。
 場外の路上でもパレードやってましたよ。
 銀座でのパレードが実現するかどうかはともかく、私が死ぬまでに再び都心でのパレードが行われる可能性はあるのではないでしょうか。」
 自衛隊のパレードや戦闘機のショーでは大歓声が上がったところでなんの意味があるのか私には理解できません。
 輪島市でも体験したのですが、災害地から引き上げる自衛隊を、地域の住民の方々は、大歓声ではなく心のこもった感謝の声で送っています。
 仮に自衛隊のパレードや戦闘機のショーが国威高揚のために行うならば、地域に根付いている自衛隊員の方々の文字とおり必死の苦労は泡のようにはじけてしまうでしょう。
 自衛隊は専守防衛の精鋭を鍛えることこそ、第一義とするべきなのです。故に、戦争ができる普通の国以上の努力が必要とされるのです。
 人類が人類の恩恵者達よりも破壊者達に対して相変わらず賞賛を惜しまない限り、戦争は結局、野心の最たる追求となろう。(ギボン「ローマ帝国衰亡史」)・・・
<sophy>(2008.7.19)同上
 太田述正様は、いわゆる核武装論者ではありませんが、ブログのタイトルで誤解される方がいらっしゃるとか目下タイトルの募集をされていますよ。<(コラム#2668参照。)>
 但しgoogoleにせよyahoo!にせよ検索画面でタイトルだけで判断されるユーザーが多いのは事実でしょう。
 おしゃれなのは、宮本 忠雄(著)「言語と妄想―危機意識の病理」を片手にもってさりげなく新左翼ぶることです。
 間違ってもネットウヨクのように誤解されると世間では相手にしてくれませんよ。
<太田>
 まるで、sophyさん=スワンさん(コラム#2668)、であるかのようですね。
 なつかしいなあ。
<momotarou100>(2011.1.4)http://momotarou100.iza.ne.jp/blog/entry/2095703/
 –日本帝国の消滅のもたらしたもの(太田のぶまさ)–
 最後の方に日本帝国の消滅と中国の大飢餓、アメリカの影響について書かれています。
 太田さんの鋭い分析と洞察には毎時感嘆させられます。
 太田述正コラム#4236(2010.9.5)
 <大躍進政策の真実>(2011.1.4公開)
 ・・・<中略>・・・
  この毛沢東の悪行も金父子の悪行も、どちらも米国が日本帝国を瓦解させなかったならば、行われることはなかったでしょう。
  改めて、米国が犯した原罪に怒りがこみ上げてきます。
<豊丘時竹>(2011.1.6)http://d.hatena.ne.jp/toyotoki11/20110106/1294321079
■恩給を復活せよ
 『日下公人が読む2011年~ 日本と世界はこうなる』(日下公人)の143ページに、”恩給”を復活させたほうがよい、と出ている。
 このことは太田述正氏がかねがね主張していた。
 識者の考えは似てくるらしい。
 優れた方二人が述べているので、正しいことなのである。そう私は判断した。
<太田>
 お二人とも、私の指摘に頷いていただき、ありがとうございます。
<nyaonnyaon>(2011.1.24)http://ameblo.jp/nyaonnyaon/entry-10778157559.html
 –とても面白い太田述正コラム–
 アメリカは建国の時に、フランスのお世話になっていたのか。
 だったら第二次世界大戦の時に、アメリカがフランスをドイツから救ったのは、恩返しってことになるかな。
 フランスは、ドイツと戦うのを避けてあっさり降伏したので、アメリカが出てこなかったら、きっと全世界がドイツに支配されていたかもしれないね。
 ワシントンは変な人だったのかもしれないけど、大きなことをする人って、周りから嫌がられるような人なのかもね。
 ワシントンは、チュウゴク人みたい。
 戦争に負けても勝ったことにするという、宣伝工作だけはべらぼうに上手い。↓
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 太田述正コラム#4306(2010.10.10)
 ・・・
 <中略>
 ・・・
 <Tetsu>さんの質問はいいね。
 太田さんの答えもいいね。↓
~~~~~~~~~
 太田述正コラム#4515(2011.1.23)
 <皆さんとディスカッション(続x1084)>
 <Tetsu>
 戦後の日本で軍部の評判が悪いのは五・一五事件や二・二六事件のせいじゃないですか。
 <太田>
 <以下、略>・・・
<太田>
>アメリカが出てこなかったら、きっと全世界がドイツに支配されていたかもしれないね。
 いやいや。
 米国は参戦前に、軍事援助等を通じて事実上日支戦争や第二次世界大戦に参戦していたのであり、英国はもとよりソ連の存在、更には日本の存在等を勘案すれば、米国の参戦なかりせば、ナチスドイツが世界支配を達成していた、なんてことはありえません。
<社会科学者>(2011.1.27)http://pub.ne.jp/bbgmgt/?entry_id=2686887/
■ ルメイ-日本空襲-マクナマラ ■
[軍隊というものの本質と性格 ]
→以下の話は、「軍隊というものの本質と性格」とは何の関係もないことです。(太田)
 ・・・
◎ 数理統計学で戦争を戦ったつもりのアメリカ人 ◎
【天上から数字で戦争を指揮した軍部高官たち】
 ・・・第2次大戦中,1944年末までのアメリカ空軍による日本本土軍事目標への爆弾投下は,主要都市の住民を大量殺戮するための焼夷弾攻撃に変更された。
 非戦闘員殺戮を目的とするその後の爆撃は,アメリカの理念に反するとして,中央からの指令を守らず軍事目標の攻撃をつづけていたハンセル准将は更迭させ,ヨーロッパ戦線や中国成都からの漢口の日本人街の絨毯爆撃で名を上げた<カーティス・E・>ルメイ少将が,マリアナ基地に着任した。
 ルメイは,東京・大阪など大都市だけでなく,軍事的重要性のない地方都市も含めて,空中撮影にもとづいて住宅密集地域に半径1200メートルの円を描かせ,そのなかに5万発の新型焼夷弾を投下する計画を立て,従来のような高々度からの投下ではなく,超低空 1500メートルからの攻撃を計画した。
 その仕事始めが,1945年3月9日から10日にかけて北北西の烈風の吹きすさんでいた東京下町への,B29約300機による焼夷弾の集中投下であった。
 一夜で主に老人と女性・子どもなど10万人近くを焼き殺した空襲となった。
 以上は,ルメイ空将の日本本土空襲作戦の指揮ぶりに関してよくしられた話である。
 ここではくわえて,1961年から1968年までアメリカ合衆国国防長官を務めたロバート・S・マクナマラ・・・が登場する。
 マクナマラは,太平洋戦争中,ハーバード大学の若い准教授であったが動員され,統計将校としてルメイの部下として働いた。
 「空爆の効率を計算するのが仕事で,高々度からの攻撃ではなく,低空からの空襲をルメイに進言したという」のである。・・・
 ・・・モリス監督の長編記録映画 “The Fog of War” は,YouTube からでも鑑賞できる。マクナマラはこういっていた(川田<順造『日本を問い直す-人類学者の視座-』(2010年)>35-36頁)。「一晩で10万人の一般市民を焼き殺すというのは『釣り合いがとれていない』」。
 さらに「大阪・神戸・横浜などを焼きはらったうえで,広島・長崎に原爆を投下したのも「釣り合いがとれていない」。
 ウソではなく本当にマクナマラは「非戦闘員を大量に殺すことを目的とした空襲を非難する」のであった。
 「戦争が終わったとき,ルメイはマクナマラに『負けていたら,俺たちは戦争犯罪人だ』」といったという。
 前段のように語ったマクナマラの〈主張〉は,YouTube の「 The Fog of War – Lesson 5 HQ (日本語字幕) 」の教訓5「戦争にも目的と手段の “釣り合い” が必要だ」において,堂々と語られているものである。われわれも一度観てみたらよい。
 太田述正<コラム#213>「マクナマラの悔恨(その3)」2003年12月21日も述べているように,アメリカは日本との戦争で勝利したゆえ,ルメイや「マクナマラは全く反省の色をみせていない」。
 マクナマラは,1960年から1975年までつづいたベトナム戦争において「1961-1968年の期間,国防長官」職に就いていた。
 しかし,ベトナム戦争でアメリカは敗退させられた。マクナマラは,自分自身の最大の過ちは「ベトナムの人々の気持ちを忖度できなかったこと」にあったと告白した。
 だが,戦争中はアメリカを「勝利させるためにひたすら働いていた」のであるから,なにをかいわんやである。あらためて断わっておくが,アメリカはベトナムとの戦争に勝てなかった。・・・
→ここは間違いです。米国はベトナムとの戦争に軍事的には勝利を収めつつ、米国世論の力でベトナムから撤退してしまうのです。(太田)
 自国と他国とを問わず,一般の大衆・庶民・人民・国民を数百万人・数千万人の単位で殺してきた独裁者や軍人将官は,マクナマラ以外にもけっこうな人数いる。
 けれども,強大国の軍隊組織の総指揮官となって〈他国民・異民族〉を,虫けら同然〔あるいはそれ以下〕にみなし,平然と殺戮するために働いてきた者が,90歳近くになってから「かつて自分たちが指揮をとった戦争」についてどのように回顧してくれたところで,無慮・無数の戦争被害者たちにとっては,憤激をよびさまし,怨念を倍加させる以外のなにものでもない。
 もちろん,マクナマラが天国〔? それとも地獄!〕にいくまえまでに語ったことじたいに〈特定の価値〉がないわけではなく,それなりの〈一定の意義〉もある。
→米国で、これまでマクナマラのような悔恨を口にする人はほとんどいなかっただけに、彼は高く評価されるべきでしょう。
 いずれにせよ、日本の「無慮・無数の戦争被害者<の>憤激・・・怨念」の表出は、これまで余りにもささやかすぎたことは事実です。(太田)
 ところが,その価値も意義もアメリカの先代の大統領ブッシュ・ジュニアーには,まったく理解できていなかった。
 イラク侵略戦争に勝ったわけではないアメリカは,イラクに対して結局のところ,甚大な「不幸と悲惨」および無限の「混沌と苦難」をもたらしただけである。
 21世紀まで生きのびている帝国主義大国:U.S.Aの罪悪は,数値では計算できないほど,果てしなく大きい。
→最初と最後のセンテンスには全面的に同意ですが、真ん中のセンテンスは間違いです。
 米英等による対イラク戦は、国家エゴ充足のための侵略戦争ではなく、利他的戦争だったからです。
 利他的戦争には利他的戦争なりの恐ろしさや悩ましさがありますが・・。
 いずれにせよ、米国による占領統治の拙劣さのせいでイラクにいらざる「不幸と悲惨」と「混沌と苦難」がもたらされたのは事実ですが、少なくともフセイン政権当時に比べて、より自由民主主義的な政府がイラクに樹立されたことは間違いのないところです。(太田)
<クレイギーの日本語ウィキペディア>http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%BC
 ・・・
1.「クレイギ-最終報告書に反駁した英国外務省極東部の覚書(1)」 (『青山国際政経論集』第40号に掲載)pp194~195
2.上記から防衛省OBの太田述正氏が訳出したもの(http://blog.ohtan.net/archives/52018568.html)
3.衆議院事務局発行 『第七十三回帝国議会 衆議院議事摘要』上巻 1938年 pp6~24
4. 月刊『現代』2008年9月号掲載 徳本栄一郎「昭和天皇が「開戦阻止」を託した外交官・・クレイギー駐日英大使・・の悲劇–戦後63年目の真実 太平洋戦争は本当に不可避だったのか–」p44~57 (http://blog.ohtan.net/archives/52046798.htmlからの孫引き)
5.細谷千博著 『日本外交の座標(中公叢書)』 p115
6.同上 p114
7.「アンソニー・イーデン外相宛てのクレイギ-最終報告書(1)」 (『青山国際政経論集』第33号に掲載)p173
8.上記から防衛省OBの太田述正氏が訳出したもの(http://blog.ohtan.net/archives/52015728.html)
9.「アンソニー・イーデン外相宛てのクレイギ-最終報告書(3)」 (『青山国際政経論集』第35号に掲載)p231
10.上記から防衛省OBの太田述正氏が訳出したもの(http://blog.ohtan.net/archives/52015728.html)
11.「アンソニー・イーデン外相宛てのクレイギ-最終報告書(1)」 (『青山国際政経論集』第33号に掲載)pp181~182
12.上記から防衛省OBの太田述正氏が訳出したもの(http://blog.ohtan.net/archives/52016078.html)
13.「アンソニー・イーデン外相宛てのクレイギ-最終報告書(1)」 (『青山国際政経論集』第33号に掲載)p177
14.上記から防衛省OBの太田述正氏が訳出したもの(http://blog.ohtan.net/archives/52015728.html)
15.イアン・ニッシュ編 『英国と日本 日英交流人物列伝』アントニー・ベスト「駐日大使[一九三七―一九四一]を勤めたサー・ロバート・クレイギ-」 p346~348
参考文献 [編集]
• 「アンソニー・イーデン外相宛てのクレイギ-最終報告書」 (『青山国際政経論集』第33~35号収録) 1995年
• 「クレイギ-最終報告書に反駁した英国外務省極東部の覚書」 (『青山国際政経論集』第40号~42号収録) 1998年
• イアン・ニッシュ編 『英国と日本 日英交流人物列伝』 アントニー・ベスト「駐日大使[一九三七―一九四一]を勤めたサー・ロバート・クレイギ-」 博文堂出版 2002年
• 細谷千博著 『日本外交の座標(中公叢書)』 中央公論社 1979年
• イアン・ニッシュ著『戦間期の日本外交ーパリ講和条約から大東亜会議までー』ミネルヴァ書房 2004年
• 防衛省OBの太田述正氏による『ロバート・クレイギーとその戦い』[1][2][3][4][5][6][7][8][9][10][11][12]
<太田>
 久しぶりにインターネット浚渫を行ったけど、こいつ↑は、どう見てもXXXXさん手作りのウィキペディアだなー。
 太田史観に近いところの、戦前史に係るその他の日本語ウィキペディアの多くもXXXXさん製だったりして・・。
<υυΔΔ>(「たった一人の反乱」より)
 エジプト「革命」成就による世界情勢の不安定化への懸念はひとまず置いといて、ムバラク大統領による次期大統領選への不出馬表明は、一般大衆(エジプト人だけでなく)には、“曳かれ者の小唄”そのものだよなぁ。
 未練がましいというか、前立腺肥大で頻尿に悩んでいるような?、潔さが一切感じられないと世間では映っているようにおもうけど、実際その通りなんだろ(笑)。
 まぁ、権力の座に限らず、ヒトは現在得ている(持っている)モノを失うことへの拒絶と焦燥感…怖れがある故の足掻きを、今ムバラクが演じ見せてくれてんだなーとシミジミ…。
 だが、太田さんは違うよね。 凄いことだけど、故に娑婆では奇人変人のカテゴリーに分類される(笑)。
<太田>(ツイッターより)
 (コラム#4533に関し)
http://bbc.in/dRH93Q 
にエジプト全土の衛星写真が載ってるから見てごらん。
 ナイルのデルタ地帯にしか緑地帯がないことが分かる。
 こんな国に8000万人が暮らしている。
 先進国の援助抜きでは経済が維持できないワケだ。
 エジプト情勢は僕のヨミ通りに進行してるね。
 ムバラクの悲喜劇は、彼の退陣を求めているのがエジプト国民(の過半)「だけ」だという点にある。
 コプト派、イスラエル、中東の独裁者達、欧米政府のために彼は苦慮してる。
<太田>
 お褒めいただいて痛み入るが、ツイッターで記した↑ように、ムバラクなりに軍部と「熟議」してんだと思うよ。
 いままで、体制の維持が基本的にできるような後継者の養成を怠ってきたツケが今噴出してきてるわけだけどね。
<υΔυΔ>(「たった一人の反乱」より)
 オバマ政権の鶴の一声で決着とはすごいね。
 「エジプトのムバラク大統領が1日、今年秋の任期切れに伴い退任する意向を示した背景には、米オバマ政権による働きかけがあった。政権幹部によるとオバマ大統領はこの日、次回選挙に出馬しないよう求めるメッセージをムバラク大統領に伝えていたという。」
http://jp.wsj.com/World/Europe/node_178734
<υυΔΔ>(同上)
 流石ぁ~我が宗主国様 ε- (´ー`*) フッ。
<太田>
 ムバラク=軍部は、軍部に対するエジプト国民の信任、及び軍事援助等を奮発してくれてる米国の信任を裏切るわけに行かないから、ムバラク退任は自発的判断さ。
 米国が直接をそれを求めようと求めまいと、結論は同じだったはずだ。
 それでは、エジプト「革命」関連記事の紹介です。(本日は、それ以外の紹介すべき記事はなかった。)
 要するに、エジプトの状況は、自由民主主義が一応機能しているインドの状況と極めて似通っているということ。
 すなわち、短期的な移転的支出が長期的な投資たる教育や農業支出を食ってしまっている。
 しかも、エジプトは、(インドのヒンズー原理主義よりタチの悪い)イスラム教原理主義に冒されている。(ただし、エジプトで自由選挙を実施すれば、イスラム同朋会が権力を掌握するのは必至、ということを必ずしも意味しない。)
 だから、エジプトが自由民主主義化しても、エジプトの現状が良くなる可能性は少ない。
 ただし、自由民主主義化したら、独裁制と裏腹の関係にあるところの腐敗は、若干なりとも軽減することだろう。↓
 <エジプトの文盲率は35%。↓>
 ・・・35% of all Egyptians, and 45% of Egyptian women can’t read.
 <10人のうち9人の女性は、性器切除を受けている。
 ムバラク政権はその根絶に鋭意取り組んできたが全く成功していない。↓>
 Nine out of ten Egyptian women suffer genital mutilation. ・・・
 The Mubarak government announced a “complete” ban on genital mutilation in 2007, the second time it has done so – without success・・・
 President and Mrs Mubarak are incomparably more enlightened than the Egyptian public. Three-quarters of acts of genital mutilation in Egypt are executed by physicians. ・・・
 <エジプトは世界最大の小麦(主食)輸入国で、しかも、そのエンゲル係数は大きい。↓>
 Wheat prices have almost doubled in the past year.
 Egypt is the world’s largest wheat importer, beholden to foreign providers for nearly half its total food consumption. Half of Egyptians live on less than $2 a day. Food comprises almost half the country’s consumer price index, and much more than half of spending for the poorer half of the country.・・・
 <エジプトの小麦の反当収穫量は極めて低い。↓>
 Local yields are only 18 bushels per acre, compared to 30 to 60 for non-irrigated wheat in the United States, and up 100 bushels for irrigated land. ・・・
 Officially, Egypt’s unemployment rate is slightly above 9%, the same as America’s, but independent studies say that a quarter of men and three-fifths of women are jobless. According to a BBC report, 700,000 university graduates chase 200,000 available jobs. ・・・
 <食糧補助金と燃料補助金が嵩んで公的債務が膨張してきている。>
 Egypt’s public debt is already high, at roughly 74% of gross domestic produce (GDP), according to UBS. Earlier this year the IMF projected that Egypt’s food subsidies would cost the equivalent of 1.1% of GDP in 2009-10, while subsidies for energy were expected to add up to 5.1%.・・・
 <そこへもってきて、昨年来、小麦の国際価格が急騰している。>
 It wasn’t the financial crisis that undermined dysfunctional Arab states, but Asian prosperity. The Arab poor have been priced out of world markets. There is no solution to Egypt’s problems within the horizon of popular expectations. ・・・
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/MB02Ak01.html
 イランは、(ここには出てこないが、帝政イラン政府が強権的に長期的投資をしたことの正の遺産に加えて、)エジプトよりは自由民主主義化していて、かつ石油収入があるから、エジプトよりも政権が安定している。↓
 ・・・40 percent of Egyptians make less than $2 a day while such poverty is less widespread in Iran; Iranian women are far more present in universities; literacy is higher in Iran, the fertility rate lower. As Precht writes, “Iranian politics, though badly flawed, offers more elements of democracy than Egypt’s.・・・
http://www.nytimes.com/2011/02/01/opinion/01iht-edcohen01.html?ref=opinion&pagewanted=print
 エジプトの軍部のエジプト国民による信任の原因とそれが自由民主主義化への触媒役を果たすことへの期待が記されている。
 また、シリアのアサド政権の相対的安定性の理由がその反米性にある、とも記されている。↓
 ・・・”The army is the middle class in camouflage,” says Jamil Mroueh, a Lebanese journalist. Soldiers are embraced on the streets of Cairo because they symbolize the independence and integrity of the nation. It’s a throwback to the paradigm Samuel Huntington described in his 1957 study “The Soldier and the State”: A strong army can allow a transition to democracy and economic reform. ・・・
 Assad today is less vulnerable than Mubarak was: His regime is at least as corrupt and autocratic, but it has remained steadfastly anti-American and anti-Israel. Hard as it is for us in the West to accept, this rejectionism adds to Assad’s power, whereas Mubarak was diminished by his image as the West’s puppet. ・・・
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2011/02/01/AR2011020104355_pf.html
 ちなみに、エジプトの軍部のエジプト国民による信任の原因をもう少し述べると、軍部出身のナセルが中心になって、王政(もともとは外来王政)を打倒したこと、そのナセルが汎アラブナショナリズムの旗手となるとともに、1956年のスエズ(第2次中東)戦争に「勝利」したこと、そして、やはり軍部出身のサダトがエジプト軍を率いて1973年の第4次中東戦争に「勝利」したこと、だ。
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太田述正コラム#4536(2011.2.2)
<日英同盟をめぐって(続)その1)>
→非公開