太田述正コラム#0025(2002.3.25)
<エイズ問題>

 ロンドンの国際戦略研究所(IISS)の季刊紙Survival(2002年春号)に、エイズ問題についてのP.W. Singerの興味深い論考が載っていたので、その要旨をご紹介します。

 エイズでこれまでに2200万人が命を落としている。これは、1300年代に欧州等でペスト(黒死病)で亡くなった人の数や1918年から1919年にかけて世界的に流行したインフルエンザで亡くなった人の数を上回り、エイズは既に人類史上最も死亡者数の多い疾病となっている。
エイズ感染率の高い国の上位25ヶ国のうち、アフリカ諸国が24を占める。そのうちの7ヶ国では感染率が総人口の20%を超えている。もっとも、アフリカ以外でも事態は予断を許さない。アジア、カリブ海地域、中南米、そして旧ソ連諸国でもエイズは広がっており、このうちの何ヶ国かでは、加速度的にエイズ感染者が増えてコントロールが困難となる感染率である、5%の水準に近づきつつある。
 ところで、世界のどこの国でも、おしなべて兵士のエイズ感染率の方が、同じ国の同年齢層の兵士以外の人の感染率よりはるかに高い。アフリカ諸国の兵士の平均エイズ感染率は30%に達していると見られ、高い方から推定値を並べると、ジンバブエが80%、マラウィが75%、ウガンダが66%、コンゴとアンゴラが50%だ。なぜ兵士の感染率が高いのか、理由は色々考えられる。いずれにせよ、これでは、アフリカ諸国の安全保障や治安に支障が生じ、戦争が頻発し、治安が乱れるのは当たり前だと言えよう。
 エイズの特徴は、疾病としてはめずらしいことに、体の弱い者や子供達が罹患せず、本来最も健康で生産的な壮年の人々が罹患することだ。だから、エイズ感染率が高まった社会はその中枢部がマヒしてしまう。また、これら社会では、結果的に青年層の人口が相対的に突出してしまうが、そのような社会では暴力的傾向が強まることが経験的に知られている。しかも、孤児の子供達が増え、彼らが少年兵士に仕立て上げられることにもつながる。
 そもそも、戦乱や紛争と疾病とは切っても切り離せない関係がある。ナポレオン戦争の時、兵士が一番死亡したのはチフスによってだったし、クリミア戦争の時はイギリス軍の戦死者の数は赤痢で死んだ兵士の数の十分の一だった。米国の南北戦争の時も同じようなものだった。
 戦乱と紛争に苦しむアフリカ諸国等には、しばしば国際平和維持部隊が派遣されるが、この種部隊がやはり外からエイズを持ち込み、エイズ禍をまき散らすという悪循環が起きている。また、おぞましいことに、エイズにかかった兵士によってジェノサイド目的で「計画的」に大量強姦が行われる事例もめずらしくなく、ボスニアやルワンダで起こったことは記憶に新しいところだ。
そもそも、戦乱や紛争は、それ自体がエイズへの対処を困難にするだけでなく、難民の移動や軍隊の移動を大量に引き起こし、このため様々の種類のエイズが混じり合い、その中から新しく突然変異を起こしたエイズが生まれ、それが人々に移動に伴って、瞬く間に伝播して行く。米国ではエイズが沈静化しつつあるというのにアフリカでは野放し状態なのは、アフリカでは、単にエイズ教育、エイズ予防策、エイズ治療等が不十分であるだけではなく、このようにして、日々新しいエイズが生まれているからでもある。

私の感想ですが、アフリカから「本来最も健康で生産的な壮年の人々」が大量に失われた時期が18世紀から19世紀にかけてもありました。そうです。奴隷貿易の時代です。この時代の後遺症がアフリカをいまだに苦しめているという見方もできるかも知れません。このアフリカが、今度はAIDS禍に苦しめられているわけです。アフリカの抱えるこのような問題の深刻さに比べれば、パレスティナ紛争はもとよりですが、(ムシャラフ大統領が力説する)イスラム世界の抱える問題なども、何ほどのものかという気がします。