太田述正コラム#0035(2002.5.25)
<北京でのやりとり>

北京で、5月16日から19日にかけて、中国国際文化交流センター副理事長、中国国際交流協会理事、同協会事務局長、中日友好協会副会長、中国社会科学院日本研究所研究員、北京大学日本研究センター特別研究員、北京高峰総合研究所総合研究部長、中国共産党対外連絡部第二局日本課員等(肩書きは日本語表記に改めている場合があります)と意見交換してきました。
やりとりの骨子をご紹介しましょう。

1 靖国問題について
中国側:先般の小泉総理の靖国神社参拝は、我々としてはだましうちにあったような気持ちだ。
昨年の8月の小泉総理の靖国参拝に我々は強く抗議し、その結果、小泉総理は爾後一切参拝を行わないか、少なくとも(総理の訪中を含め、)今年の日中国交回復30周年記念行事が全て終了した後の秋まで参拝を延ばしてくれるだろうと思っていた。

太田:日本は民主主義国であり、民主主義とはいかなるものかをぜひ御理解いただきたい。小泉総理ご自身が靖国参拝にいかなる思いをお持ちであるかはともかくとして、総理が自民党総裁として、長期的には退潮傾向にある自民党への支持率を挽回すべく、かつては自民党の強固な支持母体であった遺族会等のメンバーにリップサービスしようとするのはごく自然なことだ。(靖国参拝には殆どカネがかからないという意味で「リップサービス」と申し上げている。)この種リップサービスを行っても世論の大部分を敵に回すようなことはないと総理は判断されたのだろうし、日中関係についても、致命的影響は及ぼすようなことはないと考えられたのだろう(注)。繰り返すが、これが民主主義下での政治というものなのだ。

 (注)「関係者によると首相就任前には靖国参拝への関心は薄かったという。自民党総裁選(01年4月)で、党員の票田である遺族会の会長も務めた橋本龍太郎元首相と争った際、不利を挽回するため、「8月15日に靖国を参拝する」と公約したのが真相で、信念というにはほど遠い。」(清水美和「中国はなぜ「反日」になったか」文春新書2003年5月 215~216頁)

中国側:いずれにせよ、A級戦犯を祀ってある靖国神社への総理の参拝は、先般の総理訪中の際、せっかく北京郊外の抗日戦争記念館を見学して反省の辞を口にされた(注)というのに、総理の歴史認識を疑わせるものであり、極めて遺憾だ。

 (注)2001年10月の訪中時に、小泉首相は抗日戦争記念館を訪れた際、「侵略によって犠牲となった中国の人々に心からのおわびと哀悼の気持ちを持っていろいろな展示を見た」と述べた。(清水 前掲書213頁)

太田:この点でも中国側は民主主義に対する理解が欠けているように思う。最近の米国の学者の有力説やこれに影響されたと思われる日本の学者には、戦前の日本は既に民主主義国家であり、その民主主義は敗戦に至るまで機能していたとの見方がある。私もそう考えていて、拙著で彼らの説を紹介している。実際普通選挙は整斉と最後まで行われたし、大政翼賛会に属さない候補も当選している。軍部に対し、政治家は譲れない点は抵抗し通している。これらの点で(授権法で議会がナチスに全権委任をしてしまった)ナチスドイツと当時の日本は決定的に異なっている。
そこまでつきつめて考えていなくても、現在の日本人の大部分は、当時の日本の指導者達が国民の「総意」に従って職務を遂行しただけだと感じている。だから、極東裁判の正当性うんぬんを議論するまでもなく、当時の日本の指導者達、就中A級戦犯だけを区別する論理は日本人の大部分にとっては違和感がある。(毛沢東が先の大戦について、日本人民には罪はないと言ったが、そのような発想は間違っているということだ。)

中国側:戦前の日本は天皇の力が強く、統帥権も独立していた。これでどうして民主主義だったと言えるのか。

太田:そもそも帝国憲法について、いわゆる統帥権の独立以外の解釈の余地がなかったのか個人的には疑問に思っている。仮に統帥権が独立していたとしても、政府には軍部に対する予算統制権(行政府及び議会)、立法権(行政府及び議会)や人事権(行政府)があったことを忘れてはならない。
 補足すると、日本人は、昔から、権力によって不本意な死、非業の死を遂げさせられた人間、例えば菅原道真とか平将門といった人々の鎮魂を図るために神社をつくり祭神にまつりあげるという伝統がある。このような伝統に照らしても、日本人はA級戦犯が神社に祀られることに違和感があろうはずがないと言えよう。
 なお、私も初詣には近くの神社に行く。近ければ靖国神社に初詣に行くだろう。靖国神社だからと言って私自身はそれほどの思い入れはない。私は必ずしも日本の若い世代には属さないが、若い人々に至っては、どの神社だろうが、殆ど違いはない。靖国靖国と余り中国が言うと、若い人々が靖国神社に特に関心を持って、参拝者が増えることになりかねない。これは冗談だが。
 

2 瀋陽「亡命」事件
中国側:この事件は、靖国の問題に較べれば、とるに足らない問題だ。

太田:立場の違いは違いとして、我が外務省に至らない点が少なくなく、ご迷惑をおかけしている。

中国側:この事件の結論は見えている。第三国にあの五名を出国させる以外にあるまい。

太田:ビデオにとられた以上、勝負あったですね。

<備考>
 この五名がフィリピン経由で韓国に送られる旨、5月22日にフィリピン政府によって明らかにされ、翌23日未明、五名は韓国に到着した。

3 日本の「自立」
中国側:太田さんは日本が集団的自衛権を行使すべきだという考えのようだが、米国の言いなりになって海外派兵をさせられることになるのではないか。

太田:拙著をお読みになれば、私が日本の米国からの自立、米国の保護国状況からの「独立」を主張していることがお分かりいただけるはずだ。
 戦後一貫して日本は文字通り米国の言いなりになってきたのであって、あらゆる分野で米国の世界戦略の一翼を担わされてきたと言える。一例を挙げれば、冷戦期には自衛隊は、米国によるソ連極東部への侵攻作戦計画に全面的にコミットさせられていた。
 中国にとって、米国の保護国たる日本と自立した日本のいずれがより好ましいかということだ。よくよくお考えいただきたい。なお、私は日本非核武装論者であることを申し添える。

4 台湾問題
中国側:台湾が独立を表明すれば、中国は必ず軍事力を行使する。ただし、台湾人民にはできる限り被害が及ばない方法で台湾を攻撃する。いずれにせよ、中国と台湾の統一には長い時間がかかると思っており、我々は決して急がない。

太田:現在、中国にとっては非常に有利な状況だと思う。戦後の国民党による半世紀間に及ぶ統治期間を通じて、台湾の人々は徹底的に中国人意識をたたき込まれ、中国の標準語である北京語を普及させられ、反日教育を施されてきたからだ。
 しかも、このところ、中国と台湾の経済交流の進展には著しいものがあり、昨今の台湾経済の不振もあって、今や経済界を中心に台湾では中国へ草木もなびく状況にある。日本も一見似たような状況だが、その比ではない。
 しかしながら、(中国は台湾に対し、香港と同様の一国二制度による統一を呼びかけているが、)台湾と香港とでは決定的に異なる点がある。香港は法治までだったが、台湾は法治の先、民主化まで行ってしまったからだ。むろん、台湾の法治にも民主化にも問題点は多い。(日本の民主主義だって問題だらけだ。)ただ、第三者の立場から見て、中国は法治の面でも民主化の面でも台湾よりも遅れていると言わざるをえない。こういう類の話で、進んでいるとか遅れているといった表現は適切でないのかもしれないが、雑ぱくな議論であるということでお許し願いたい。(法治については、現在、中国では上下をあげてその実現、徹底を叫んでおられと承知している。)一旦民主主義を味わった民衆は、容易なことではこれを手放すことはない。
 従って、中国と台湾の統一は、中国がどれだけ法治と民主化において、台湾に追いつけるかにかかっていると私は考えている。
 台湾で国民党政権が崩壊した今、中国にとっての台湾に係るWindow of opportunity が開いている時間は余り長くないのではないか。

中国側:・・・・・。中国が台湾から学ぶべき点があることは否定しない。しかし、台湾だって中国から学ぶべき点はあるのではないか。
 
<備考>
中国の人民網は、5月24日、海峡両岸関係研究センターの唐樹備主任が、「一国二制度」の枠組みの下での台湾問題解決には、香港・澳門(マカオ)問題解決とは異なる点が5つある」と指摘したと報じた。唐主任が指摘した5点は次の通り。

  (1)台湾問題は、「一国二制度」の枠組みで、両岸が国内問題として平等な立場で協議して解決される。
  (2)台湾と大陸はともに中国の一部で、このため台湾は軍隊を保持できるが、大陸に対する脅威となってはならない。
  (3)両岸統一後は、台湾は現在の政府組織を保持してもよい。
  (4)台湾市民は大陸の市民とともに国政に参加することができ、中央政府は台湾のために重要指導者の地位を残す。
  (5)「一つの中国」の原則のもとで、両岸はいかなる問題も討論することができる。こうした表現は、香港、澳門問題を解決する時にはなかった。
  (http://j.people.ne.jp/2002/05/24/jp20020524_17376.html

人民網は、中国共産党の機関紙である人民日報のインターネット版であり、この「指摘」が中国政府の意向を受けてなされたものであることは明白である。その内容は、名だけとってその実、台湾の独立を認めたものに他ならないとも言え、極めて注目される。