太田述正コラム#4826(2011.6.23)
<先の大戦における蛮行(その1)>(2011.9.13公開)
1 始めに
 太田コラムではお馴染みの英国人、マイケル・バーレイ(Michael Burleigh)(コラム#1161、3266、4069)の新著 ‘Moral Combat: A History of World War II’ を、書評をもとにご紹介し、私のコメントを付そうと思います。
A:http://www.atimes.com/atimes/Global_Economy/MF11Dj03.html
(6月11日アクセス)
B:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/bookreviews/7567998/Moral-Combat-A-History-of-World-War-II-by-Michael-Burleigh-review.html
(6月20日アクセス。以下同じ)
C:http://www.guardian.co.uk/books/2010/may/23/moral-combat-michael-burleigh
D:http://www.literaryreview.co.uk/coker_05_10.html
E:http://www.newstatesman.com/books/2010/05/burleigh-war-history-moral
F:http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/book_reviews/article7124282.ece
G:http://www.avclub.com/articles/michael-burleigh-moral-combat,54219/
H:http://www.spectator.co.uk/books/6112188/might-and-wrong.thtml
I:http://www.historynet.com/moral-combat-by-michael-burleigh.htm
J:http://www.guardian.co.uk/books/2010/jun/12/moral-combat-michael-burleigh-review (既出。コラム#4065)
K:http://www.historytoday.com/blog/books-blog/nigel-jones/moral-combat
L:http://www.telegraph.co.uk/culture/books/7724903/Moral-Combat-by-Michael-Burleigh-review.html
 ところで、この本の書評を、(まだ米国で発売されていないということなのでしょうが、)英国ないし英国系(香港のアジアタイムスは英国系)のサイトだけが取り上げているというのに、その数が異常に多いことにお気づきでしょうか。
 しかも、英国の「右」を代表するテレグラフ紙と「左」を代表するガーディアン紙がそれぞれ2回ずつ書評を載せている、という念の入れようです。
 これは憂うべきことだと私は思います。
 なぜ、この本の人気・・ただし、お断りしておきますが、アジアタイムス掲載書評だけは、不十分ながらもこの本に批判的です・・がこれほどあるかと言うと、それが、このところの英米における修正主義的な先の大戦観を真っ向から否定し、英米は善玉でドイツと日本は悪玉、そしてソ連は英米の同盟国であって善玉でも悪玉でもない、という先の大戦当時に回帰したかのような先の大戦観を打ち出しているからです。
 私に言わせれば、今頃こんな本が出、それに英国の左右の世論が高い評価を与えるというのは、英国の矮小化であり、退行現象の現れなのであり、英国人達のためにも残念なことです。
 いずれにせよ、日本人は、このような本の出現にもっと関心を持ってしかるべきでしょう。
2 この本の内容のあらましの紹介
 (1)英国
 –チェンバレン–
 「ネヴィル・チェンバレンの独墺合併(Anschuluss)への対応は病的だった。
 ハリファックス卿<(コラム#1894、2840、3511、3978、4281、4350、4449、4695、4697、4699、4732)>は「青年期に成長が止まった」男だった。」(E)
 「バーレイによる、ネヴィル・チェンバレンの外相で、通常は「聖なる狐(the Holy Fox)」と敬意をもって扱われるところの、ハリファックス卿についての叙述は、全く持って容赦がない。
 「彼の回顧録は、敬虔で自己卑下的な気取り(self-deprecating smugness)でもって、そのすべてが運と縁者贔屓によって達成されたところの、そして、いつもの退屈な、大学のつんぼの荷物運搬人(porter)とまるでイギリス人が知恵おくれのうんざりさせる人々であるかのように見えるあしらい方をこの荷物運搬人に対してする不調法なオックスブリッジの伝説を散りばめつつ、彼のイートン、<オックスフォード大学>オール・ソウルズ(All Souls)、からデリー・・そこで、彼は副王を勤めた・・へ、という円滑なる上昇を叙述している。」(J)
 –チャーチル–
 「チャーチルは、・・・1937年、<イギリス北部の>リーズ(Leeds)の商業会議所の毎年行われる恒例の晩餐会において、聴衆に対し、自分は「北極圏や南極圏は地理的にも政治的にも」絶対に訪問しないという決意を固めているという話をした。「私は温帯圏がいい。ロンドンかパリかニューヨークがいい。我々の信念に忠実に、秘密警察が息で皆さんの唇を凍らせるようなことのない地に赴き、そこにとどまろうではないか」と。
 3年も経たないうちに、彼はこの見解を180度変え、ナチズムを打ち破るためには悪魔とでも飯をともにしたいという実際的な(pragmatic)意思を表明した。
 この演説の形は、彼のソ連のシステムに対する嫌悪感を反映している。
 (ぞっとする現実だが、もしソ連がスターリン主義ではなかったとしたら、ソ連があの戦争に生き残ることは決してできなかったのではないか。)・・・
 <このチャーチルが実施させたところの、ドイツに対する戦略(carpet)>爆撃は、その時点における妥協が強いたものだった。いや、少なくとも1943年に潮流が逆転するまでは。それ以降は、バーレイの言葉によれば、それは「でたらめ(promiscuous)」なものになったのだ。
 英国は、戦略爆撃に、必要に迫られて訴えたのだ。
 英国は、(米国とロシアによって)何かするだろうと見つめられていた。
 「あなたは、英空軍による爆撃がこちらにいる米国人達にどれほどスリルと激励を与えるか想像もできないだろう」とハリー・ホプキンス(Harry Hopkins)(コラム#4110)はローズベルト米大統領に電報を打ったものだ。
 また、<この爆撃の総指揮をとった>爆撃者ハリス(Bomber Harris)<(注1)>は、この戦争についてのバーレイの説明の中では、大いに持ち上げられている。」(D)
 (注1)Sir Arthur Travers Harris, 1st Baronet(1892~1984年)のあだ名。空軍大将時代にドイツの戦略爆撃の総指揮をとる。その後、空軍元帥。
http://en.wikipedia.org/wiki/Sir_Arthur_Harris,_1st_Baronet
 
 「ウィンストン・チャーチルを弁護して、バーレイは、「戦争は、おちょぼの唇の年増のメイド達だらけの干物のような哲学ゼミでの議論のように実施されるものではない」と主張する。」(E)
(続く)