太田述正コラム#0062(2002.10.2)
<防衛秘密>

 日本が戦後一貫して全く諜報活動を行ってこなかったことは誰でも知っていますが、防諜活動もやってこなかったに等しいという事実は余り知られていません。
 実は、昨年11月に、同時多発テロ関連諸法制整備の一貫として自衛隊法が改正されるまでは、日本には防衛(=軍事)秘密を保全する法制がありませんでした。

 日本には憲法第九条があり、軍隊がないのだから、軍事秘密保全法制がなかったのは当然だなどと茶々を入れる読者の方はいらっしゃらないでしょうね。
 なお、正確に申せば、自衛隊に関わる軍事秘密保全法制がなかったのであって、米国に関わる日本の軍事秘密保全法制はありました。一つは在日米軍のための法制である「地位協定の実施に伴う刑事特別法」(これでも略称です)、もう一つは米国が供与した装備品等(製造ライセンスを与えた装備品等を含む)に関する法制です。日本は米国の保護国なのですから、当たり前のことと言うべきかもしれません。

 そうは言っても、秘密文書等をいくら垂れ流してもよいというのでは、自衛隊が全く組織の体をなさなくなってしまうので、その種の非違行為に対する罰則規定は改正前の自衛隊法にもあることはありました。
 しかし、それはあくまでも職員の服務規律違反をとがめるという性格のもので、一般官庁におけるものと同様の規定に過ぎませんでした。
 その証拠に、罰則はまことに軽く、一年以下の懲役等でしかありませんでしたし、対象は自衛隊員に限られ、民間人が軍事秘密を漏洩してもお咎めなしというノー天気ぶりでした。

 冒頭で述べたように、ようやく日本も軍事秘密保護法制を持つに至ったのは、まことに慶賀すべきことであり、今まで対象になっていなかった自衛隊以外の国の行政機関の職員、装備品等の製造者や自衛隊への役務の提供者、更には未遂や過失による秘密漏洩、そして国外犯も処罰の対象とすることになり、ようやく上記の米国に関わる軍事秘密法制並の法制が整備されたと言えます。ただし、米国に関わる法制の方は10年以下の懲役等であるのに、こちらの方はまだ5年以下の懲役等に過ぎません。刑罰を一挙に10倍の重さに引き上げるわけにはいかなかったということなのでしょう。
 ちなみに、軍事秘密保護法制の最高刑は、米国が15年、英国は14年、フランスは30年、ドイツは無期懲役、ロシアは20年、韓国は死刑です。

こういうわけで、軍事秘密保全法制は一応できたのですが、問題は秘密保全意識です。半世紀にわたってノーズロでやってきただけに、一朝一夕で関係者の意識は切り替わりません。
三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所の名古屋市港区の事務所で昨年11月、防衛庁が発注した新型戦闘機設計用シミュレーター関連のデータが入ったパソコンが盗まれる事件が起きたのですが、今年2月に東京新聞がこれをスクープ(2月1日朝刊)しても、朝読毎日経のいわゆる四大紙を含め、他の新聞は殆ど黙殺したことに端的に表れているように、報道機関においても、軍事秘密保全問題への関心は著しく低いと言わざるを得ません。
なお、三菱重工業名古屋航空宇宙システム製作所では、その小牧南工場(愛知県豊山町)で4月から7月にかけて、定期修理(IRAN)を受けた航空自衛隊のF4EJ改戦闘機の複数の機体から電気系統のケーブルが切断されたり、プラグが破壊されたりする事件も起こっており(http://www.sankei.co.jp/news/020808/0808sha026.htm。8月8日アクセス)、日本を代表する重機メーカーであり、日本最大の軍需会社でもある三菱重工で、何かとんでもない事態が進行している感があります。
とまれ、昨年11月の上記事件もそうなのですが、世の中はIT時代であり、今後はコンピューターシステムのデータの漏洩をどう防ぐかが喫緊の課題でしょう。8月に発覚した富士通からの自衛隊コンピューターネットワークシステムのデータ漏洩事件はさすがに話題になりました(日本経済新聞2002年8月13日朝刊)。
そのためには、防衛庁キャリアの、本コラムでも触れたことのあるリーク体質と拙著で描いたIT音痴ぶり、をまずもって何とかしなければなりませんが、前途遼遠というところです。

(注)軍事秘密保全条項を織り込んだ改正自衛隊法は、ほぼ一年間の周知期間を経て、2002年11月1日から施行されることになった(http://www.asahi.com/politics/update/1011/005.html。10月11日アクセス)。