太田述正コラム#5090(2011.11.2)
<中野雅至『天下りの研究』を読む(その11)>(2012.2.18公開)
 一旦読み飛ばした頁の中に、紹介するに値する箇所が散見されたので、最後に、それらを落穂拾い的にまとめて紹介しておきたいと思います。
 「天下りは公務員個々人の能力や適性をまったく無視したものだったのだろうか。・・・
 第一に、課長・企画官相当職以上で退職した者のうち斡旋を受けているのは6割近くの者であって、4割近くの者は斡旋を受けることなく自力で再就職を果たしている(再就職していないケースも含む)という・・・。・・・受け入れ側においても何から(ママ)の形で個人を評価していると考えることは可能である。
 次に、・・・営利法人への再就職者は常に12~13%であることからわかるように、圧倒的な小数派に属するということである。・・・
 営利法人が求める・・・営利を追求する・・・能力と公務員が長い職業生活の中で培う経験や知識がまったく異なることを考えると、営利法人が求める能力を公務員が有していないことは極めて自然なことだからである。・・・
 <なお、>特殊法人は民間企業のように効率的に業務を行う余地が大いにあること、それにもかかわらず非効率的な経営がマスコミで取り上げられることが多いことから、民間人の登用に対する期待が高まるのは当然としても、未知の民間人に比較してプロパーの評価が低く、天下り反対団体のアンケート調査であるにもかかわらず、天下り官僚の能力を評価する声があることを考えると、少なくとも「特殊法人役職員より能力の落ちる国家公務員」が天下っているという認識を持っている者は(現場を知る者については特に)少ないと推測できる。」(303~306頁)
→まず、「自力<の>再就職」の多くは、日本型経済体制的な官僚機構の「コントロール」の下での再就職であるという認識を持つべきです。
 その上で、中野自身も認めているように、国家公務員は一般に、営利法人に再就職する能力を有していないのですから、かかる再就職は、官と業の癒着関係を前提としたヤミ恩給の受給を目的としたもの以外の何物でもない、ということが第一点です。
 (自衛官の場合は、大部分が営利企業への再就職ですが、一般職の国家公務員と違って、彼らは基本的に能力本位の再就職をしていると言ってよいでしょう。というのも、任期制隊員は若く体力があって規律が身についていますし、曹及び幹部(尉以上)は雑多な大集団を統率する能力が身についており、うち、幹部は兵站面を含む作戦計画立案・・要するに企画・・能力やコミュニケーション能力も、更にはまた、一定程度の危機管理感覚も身についているからです。ただし、自衛官についても、将官クラスになると、戦後日本においては、若い時に身に付けた自衛官幹部としての能力や感覚は錆びつき、彼らはもはや、一般職の国家公務員同様の行政官に堕してしまっていると言ってよく、営利企業に再就職する能力は、一般職の国家公務員ほどではない(注3)ものの、基本的にありません。
 (注3)例外中の例外だが、乞われてセブン・イレブン・ジャパン社長に再就職した栗田裕夫陸将のような例もある。
http://www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/arikata/gaiyo.html )
 また、非営利法人への再就職は、今や、非営利法人セクターの整理縮小が喫緊の課題となっており、一部は存続(a)、一部は営利法人化(b)、一部は廃止(c)、一部は官僚機構への吸収(d)が図られるべきところ、現在、b及びcの非営利法人に再就職している国家公務員は、やはりほぼ全員、官と業の癒着関係を前提としたヤミ恩給の受給者である、と認定すべきであり、とにもかくにも、非営利法人を仕分けた上で、その整理縮小を引き続き進めなければならない、というのが第二点です。(太田)
 「戦前と異なって分限処分が限定的なものとなり、身分保障が手厚くなったことがあげられる。戦後の国家公務員法は公務員の身分保障を大前提とした上で、その第75条において「職員は、法律又は人事院規則に定める事由による場合でなければ、その意に反して、降任され、休職され、又は免職されることはない。」と定めて<いる。>・・・
 具体的な法定事由は第78条に定められており、一、勤務実績がよくない場合、二、心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合、三、その他その官職に必要な適格性を欠く場合、四、官制若しくは定員の改廃又は予算の減少により廃職又は過員を生じた場合の4つが掲げられて<いる。>
 ただし、・・・国会の付帯決議(昭和44年衆議院内閣委員会において「行政機関の職員の定員に関する法律に関する付帯決議」など)があることなどから、事実上分限処分は実施されないようになっている。・・・
 ・・・<国家公務員法>78条第4号に基づく分限処分については終戦後の行政整理が行われた昭和・25年頃には盛んに活用されており、第3次吉田内閣で行われた行政整理においては、全官庁職員の15%に当たる約229,000人の定員削減のうち約19,000人が分限免職となったが、昭和30年代に入ると、昭和39年旧文化財保護委員会が姫路城保存修理工事の終了に伴い職員3名を4号免職とした事例、同年、憲法調査会が廃庁に伴い事務局職員3名を4号免職としたことがあるが、それ以降は4号免職が行われていない・・・。」(251~252、318頁)
→ここは、中野に、78条第1~3号に基づく分限処分がほとんど行われていないことについても、それぞれ裏付けを示してもらいたかったところです。
 いずれにせよ、必要に応じてこれら付帯決議の見直しを行った上で、分限免職既定活用の「脅し」の下に、(恩給制度の復活が前提ですが、)それがどうしても必要であれば、これまで通りとはいかなくても、高級官僚の早期退職を、相当程度実施できるのではないでしょうか。
 もとより、早期退職ありきではなく、できるだけ定年ないし定年に近いところまで、(分限免職既定活用の「脅し」をちらつかせつつ、年次逆転的補職や、調査研究等の「窓際的」補職等を行うことで)高級官僚を官僚機構内にとどめることも検討すべきでしょう。
 なお、分限免職という伝家の宝刀を使えるようにしておくことは、政治家による官僚機構のコントロールを実現するためにも不可欠なことであると考えます。(太田)
 「各省共通の大まかな基準として、65歳を基点<(終点?(太田))>にして再就職斡旋を行っていると考えられる。
 ただし、65歳という年齢はさまざまなことから判断して、官房人事課がある程度の責任感をもって斡旋するという年齢であって、天下り斡旋が必ずしも65歳で厳格に区切られているというわけではない。」(383~384頁)
→ここで、中野は意図せずして(?)、省庁の人事部局が、「2回目以降のわたりについては、局長や事務次官クラスなど一定クラス以上の幹部を除いては、主体的にコントロールしているとは考えにくい」(コラム#5088)上、この一定クラス以上の幹部についても、65歳以降の「わたり」(天下り)については主体的にコントロールしていないことを認めることで、それらに関しては、官僚機構の人事部局以外の部局や官僚OBが天下りを「コントロール」している可能性を認めてしまっています。(太田)
3 終わりに
 色々批判はしましたが、この本の上梓当時までまともな研究のなかった天下りについて、これだけ多様な角度から光を照射して大部の研究をまとめあげた中野の努力に対して、敬意を表したいと思います。
 (これで、索引さえついておれば、この本は天下り百科事典として使えるのですがね。)
 この本を読んだ副産物ですが、私は、日本を行政府中心の国とした中野の指摘を受けて、戦前戦後における日本の「実質的な意味での憲法」が何であったのかを、英国の「実質的な意味での憲法」と比較する形で初めて記す結果にもなりました。
 なお、「実質的な意味での憲法」とは、日本の政治経済の「枠組み(入れ物)」であり、日本の顔をしたアングロサクソン型→日本型–(現在進行形)→日本の顔をしたアングロサクソン型、と変遷してきた政治経済体制は、日本の政治経済の「実態(中身)」である、とお考え下さい。
 改めて思うのですが、私が、随所で天下りに関する中野の問題意識や分析の深さに疑問を呈せざるを得なかったのは、彼の安全保障的感覚が恐らく希薄であることに、その原因を求められるのではないでしょうか。
 端的に申し上げれば、自衛官(軍人)に一般国民並みの年金制度しか適用していない現状のままでは、彼らを、その本来業務・・戦闘業務・・に従事させることなどできるわけがない、という認識が彼には恐らくないのだろう、ということです。
 もちろん、こんな感覚を彼に求めるのは酷と言うものですが・・。
 そのような認識があれば、戦前において軍人から始まり、恩給制度が全公務員に拡大されるに至ったのは、軍人以外の公務員も、国内或いは国外において安全保障がらみの危険な業務に従事する可能性がある(という擬制)がゆえである、という理解になるはずであり、そうであるとすれば、自衛官が本来業務の遂行を求められるようになれば、つまりは日本が独立した暁には、まずもって自衛官に対して、恩給制度を復活させることが必要にして不可欠である、という理解にも至るはずです。
 (天下りは終身制ではないだけに、終身制である恩給制度を復活した場合、恩給支給額が最終年俸の3分の1プラスアルファ・・自衛官等はこれより更に優遇する必要がある・・であっても、その総額が現行の天下り制の下でのヤミ恩給支給総額を上回るのではないか、という懸念がありますが、非営利法人の整理・縮小やヤミ恩給の公然化によって、予算の効率的・効果的支出が可能になることに伴う予算の削減、更には一般職公務員の今後の定年延長の実施に伴う恩給支給総額の圧縮、を計算に入れれば、充分オツリが出るのではないでしょうか。
 ちなみに、米国の場合、軍人恩給は、20年以上現役勤務した者が対象であり、支給額は最終年棒(基本給)の2分の1プラスアルファです。
http://usmilitary.about.com/cs/generalpay/a/retirementpay.htm )
 そして、戦前において、戦後のような天下りがなかったのは、公務員全般に対して恩給制度があったればこそである、ということにも思い当たるはずであり、そこまでくれば、恩給制度を復活さえすれば、(官僚機構が直接的間接的に関与する形での高級官僚の再就職であるところの)天下りは基本的に全廃できる、という結論になるはずなのです。
(完)