太田述正コラム#5683(2012.8.26)
<皆さんとディスカッション(続x1645)>
<太田>(ツイッターより)
 「…韓国政府は、日本の外国的無礼・非礼を糾弾する韓国国民の声を、韓国政府が取った対応への無条件の同意や承認だと受け止めてはならない。今回、韓日の対立を前後して、一部の外交補佐陣が露わにした弱点は、国民を不安にさせている面もあるからだ。…」http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/25/2012082500483.html?ent_rank_news
 前半は反日的トーンだが、このくだりと、最後の「日本が柔軟で合理的に変化した場合は、われわれもそれに合わせて対応すべきだろう。」を読めば、朝鮮日報の狙いは明らかだ。
 「今上天皇、親韓派のイメージも…」
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2012/08/25/2012082500535.html
という別記事も併せ読んでご覧。
 頑張ってね。
<bShSZXxU0>(「たった一人の反乱」より)
≫座禅が米国の企業でもてはやされてるんだね。これは仏教の実践ではないって彼らは言ってるようだけど、釈迦の教えの実践 ではあるんだぜ。≪(コラム#5681。太田)
 ヨーガによる瞑想自体は仏教のオリジナルというわけではなく、釈迦時代の当時もインドの修行者は皆やっていた汎インド的な修行法ですし、その後長いこと仏教と勢力を二分したバラモン教系の正統六派哲学にもヨーガ学派という部派がありました。
http://kotobank.jp/word/%E3%83%A8%E3%83%BC%E3%82%AC%E5%AD%A6%E6%B4%BE
 もともと仏教はバラモン教の権威を認めない異端思想から出発していますし、哲学的にも凡庸な実在論に属する正統バラモン教系哲学諸派と当時の水準からすれば非凡だった諸法無我を説く仏教の各学派とでは水と油のように根本から相反しているので、前半でヨーガによる瞑想という共通点をもって神秘主義の括りで同類項扱いしていそうなところも元記事は雑な気もします。
 インド正統派最大勢力のヴァイシェーシカ学派における実在論的世界観
 「全存在を6種のカテゴリーから説明する。
 言葉は実在に対応しており、カテゴリーは思惟の形式ではなく客観的なものであるとする。
 カテゴリーは実体・属性・運動・特殊・普遍・内属の6種である。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%82%AB%E5%AD%A6%E6%B4%BE
 仏教のキモである空の世界観
 「この世のすべての事象・概念は、「陰と陽」「冷と温」(~略)のごとく、互いに対・差異となる事象・概念に依存し、相互に限定し合う格好で相対的・差異的に成り立っており、どちらか一方が欠けると、もう一方も成り立たなくなる。このように、あらゆる事象・概念は、それ自体として自立的・実体的・固定的に存在・成立しているわけではなく、全ては「無自性」(無我・空)であり、「仮名(けみょう)」「仮説・仮設(けせつ)」に過ぎない。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E8%A6%B3%E6%B4%BE#.E6.96.B0.E3.81.97.E3.81.84.E3.80.8C.E7.B8.81.E8.B5.B7.E3.80.8D.E3.81.A8.E3.80.8C.E4.B8.AD.E8.A6.B3.E3.80.8D
<太田>
 いわでもがなのことですが、私は、座禅は釈迦が始めたとも、いわんや、インド亜大陸では釈迦や仏教徒しかやらなかったとは言っていませんからね。
 釈迦が座禅によって悟りを開いたとされている
http://www.xsunx.org/columns/2bb_tetsugaku/dougen_zazen.htm (←その原典は?)
ことから、釈迦が自ら示したところの仏になるための教えという意味で「釈迦の教え」と表現した次第です。
<M9bZHmso0>(「たった一人の反乱」より)
 韓国の教科書の中身を知らないのだが、これってマジ?
http://news.livedoor.com/article/detail/6862342/?p=1
 こんな教科書で勉強すれば、反日になるのが普通だろうね。
<吉武>
≫いずれにせよ、アーレントの件の本については独立したウィキペディアがある・・米国とフランスでいかに賞賛されているかが英語ウィキペディアに出て来る・・
http://en.wikipedia.org/wiki/The_Origins_of_Totalitarianism
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A8%E4%BD%93%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E3%81%AE%E8%B5%B7%E6%BA%90
のに、ブレジンスキーの件の本には存在しません。影響力が桁違いですよ。(太田)≪(コラム#4581)
 そうですか。Wikipediaがお好きなんですね。
 感心します。私は外国人の名前の綴りのチェックと年表のチェックぐらいにしか利用しません(その目的でいまも使いましたが)。
 Wikipediaは読み物としては面白い記事もありますが、主観が絡むこと(たとえば記事の内容やトーン、そしてそもそも記事を作るかどうかなども)については鵜呑みにしてはいけないと考えています。
 上のテーマについても太田さんと私の間に根本的な見解やメソドロジーの相違があるということだけ心に留めておきます。
→私は、主として、ブリタニカなんてのに代わる(読者も容易に参照できるところの)ネット上の百科事典として事実をチェックするためにウィキペディアを使っていますが、各国語版のウィキペディアの記述内容を相互比較したりすることを含めて、工夫次第でウィキペディアには利用の仕方はたくさんあります。
 多様な活用を試みられることをお奨めします。(太田)
≫しかし、ナチスが昇竜の勢いにあった当時のドイツにおいて、「この手の主張」を公然と行ったこと等により、長きにわたって投獄されたことからすれば、また、戦後の西ドイツの政界で彼が果たした大きな役割にも鑑み、そう軽く扱っては失礼というものでしょう。(太田)≪(同上)
 theoristとして評価することと、activistとして評価することを、きちんと分けるというだけの話です。
 彼は政治学のtheoristとしては凡庸であったが社民主義のactivistとして偉大であったと認識すれば何の問題もありません。
 そしてその認識で間違っていないと思います。そもそも20代はじめの若いうちから政党活動をしている彼自身はもともとからactivistという自己認識だったでしょう。
 太田さんが私の意見を読まれて「軽く扱っ」ているとか「失礼」だとか思われるのは、太田さん自身この区別がきちんとできていないからです。
 いっぽうブレジンスキーの場合は、もともと優秀なtheoristで、徐々にactivistの色彩も強めていった類です。
 ケインズやカレツキなどもそうですし、さらにはローザ・ルクセンブルクもその類かもしれませんね。
→はあ。それじゃ、ハンナ・アーレントはどういう「類」なんですかねえ。(太田)
≫ところで、カレツキやあなたの「民主主義国」の定義は? 逆に、ナチスの全権掌握とロシアにおける共産党の全権掌握とどこがどう違うのか、ぜひ説明していただきたいものです。(太田)≪(同上)
≫10月革命当時のロシアは第一次世界大戦の真っ最中ですよ。国民の最大関心事が異なるのは当たり前です。(太田)≪(同上)
≫だから、具体的にあなたの言葉で、語ってごらんなさい。(太田)≪(同上)
 カレツキがどう定義しているのか調べたことはありませんが、私については制度面でも運営面でも自由選挙・秘密投票が機能することです。(普通選挙かどうかはそこには入りません。これを採るかどうかは時代によって異なるからです。)
→意味不明です。
 制限選挙の国だけど(だったけれど)民主主義国であるとされている(されていた)事例を典拠付きで複数挙げてみてください。(太田)
 この意味では1932年の二度のドイツ総選挙は運営面でも充分に「自由選挙」(ないし秘密投票)で、いっぽう革命後のロシアは常に戦時ないし準戦時体制であり一度もこの意味での「自由選挙」(ないし秘密投票)が行われていません。
→典拠は?(太田)
 ドイツは「自由選挙」(ないし秘密投票)によるナチスの政権掌握後に目標経済(軍事経済)と言論弾圧やテロルの組み合わせを経て準戦時体制に入り、民主主義が有名無実となります(実際はそれ以前からナチスは活発にテロルを行っていたようですが)。
 したがって私は明白にカレツキの見解を採り、太田さんの見解を不十分と見做します。
→ちょっと補足しておきましょう。
 「人民」の過半の支持を得ていること標榜する独裁政権を私は民主主義独裁と呼んでいます。
 「「人民」の過半の支持を得ている」ことを最も説得力ある形で裏付けることができるのが議会総選挙で(支持率ないし議席数で)少なくとも第一党、できうれば過半を超える第一党になったという実績です。(太田)
 また、これを考えるうえでノーラン・チャートの参照を薦めていることが、私の言葉です。
→「ノーラン・チャート」の説明ないし説明が書いてあるサイトのURLを付けましょう。(太田)
≫大変申し訳ありませんが、私が再反論する際には、ウィキペディア程度の典拠すら、付ける義務はありません。とにかく、そんな時間はないのですから。(太田)≪(同上)
 申し訳ありません、などと言われても・・・。そうですか、ではディスカッションの意義はありませんね。
→ご不満ならば、ソクラテスの対話法的に私は読者と対話(ディスカッション)している、という受け止め方をしていただいてもよろしいが・・。
 いずれにせよ、あなたを含む読者の側で典拠に基づき私を論駁すればいいだけのことですよ。
 頑張って!(太田)
≫人間のあらゆる言動にはそれなりの理由があるけれど、国際法や国内法で禁止されていること・・殺人等・・は正当防衛等国際法や国内法で認められている事由がなければやってはいけない、それが人倫というものだ、というだけのことです。(太田)≪(同上)
 法を守ることが人倫なのですか?詰めが甘いです。
 集団と個人とをごちゃまぜにしていますね。
→国の自衛権≒個人の正当防衛権、といった具合に、私は、基本的に国に係る法理と個人に係る法理を区別していません。(というか、国際法は、地理的意味での欧州におけるところの、個人たる君主と君主の関係を律する法理から発展したもの、というのが私の仮説です。)
 なお、集団の法理は個人の法理に還元される、と考えます。(太田)
 たとえば「ポーランドの」ないし「ポーランド人の」といった集団を取り扱うことと、個別の暴漢や強盗を取り扱うのは別のことです。ここをごちゃまぜにするというレトリック上のテクニックもよく使われます。
 たとえば、この時代の話であればサロモン・モレル事件。モレル(Salomon Morel)はドイツ人を迫害したことでポーランド当局から指名手配を受けていましたが、これは彼が個別の犯罪者であったからで、ユダヤ系であったことは全く関係ありません。イスラエルはモレルを匿っていましたが、モレルの言い分は「ポーランドの反ユダヤ主義が俺を捕まえようとしている」というものでした。イスラエル政府もモレルの話に納得したからなのか、世界中のユダヤ系の人々の中でモレルと同じような思考回路をもった人々がいることに配慮したせいか、それは知りませんが、ポーランド政府からの身柄引き渡し要請を拒否し続けました。
 人倫が必ず要求されるのは個人。国家等の集団では必ずしもそうではなく、功利が優先されることもある。だからこそ個別の復讐事件というのは起きても仕方のない事だと言っているのです。
→上掲の考えから、私は、全くそうは思いません。(太田)
 復讐行為が犯罪的であれば個人の犯罪として粛々と処理すればいいのであるが、かといってそれをもって犯罪者の属する集団を人倫に悖るなどと批判するのはお門違いだということです。
→国が国民(個人または集団)が行った特定の類型の犯罪を処罰する努力を行ったかどうかが問題であり、当時のポーランド政府・・どの政府?という難問はあるでしょうが・・あなたが言及したようなユダヤ人(たる国民?)に対する追及と同様の追及をする努力を非ユダヤ人たる国民に対しても行ったかどうかが、国に責任があるかどうかを判断する決め手になる、と考えます。(太田)
 とくにあの時代は。たとえば日本兵が中国で(規模はどうあれ)違法行為を犯したとします。それで日本全体を非難し続けることが正当化されている中国のあのやり方はだいぶお門違いだと思いますし、朝鮮とはあのとき戦争していませんから当時の日本人(の個人)と言いますが、さてそれで日本全体を犬畜生のごとく言うことが正当化されているあの韓国や北朝鮮のやり方もお門違いだと思います。彼らの全体主義的な思考・認識に乗せられてはいけません。ドイツと日本を比べるということには、この意味で大きな落とし穴があるのです。つまりここで全体主義のレトリックの罠に嵌ってしまうのです。こうして嵌ると、何らかのvested interestsにみなさん個人個人が直接操られることになるのですよ。中韓のショーヴィニズムをなんとかしたいと思っても、これがちゃんと理解できていないとミイラ取りがミイラになるのです。
→前回も示唆しましたが、私は戦前・戦中のドイツと日本を同一視などしていない・・太田コラムを少しでもこれまで読んでこられた人なら常識のはずです・・のですから、ここは全くイレレヴァントな記述ですよ。(太田)
 
≫戦後ドイツ人に対する暴行陵虐を行ったのはポーランド人だけなんて私は一言も書いてませんよ。(太田)≪(同上)
 というより、先に散々述べたように個人的にはドイツ人追放という事件の全体から見れば(特に数量的に見れば)ポーランド人はほとんど関わっていないと推定しています。この件に関してのみドイツ人による針小棒大の誇張が激しいのは何故かといえば、まず第一にはソ連およびのちにポーランド当局に不動産を没収された恨みつらみからであると思いますが、そこが問題で、ドイツ人やユダヤ人の資産の没収を行ったのが(のちに東側と呼ばれるようになった)国際共産主義体制であったのに、なぜドイツ民族対ポーランド民族あるいはユダヤ人対非ユダヤ系ポーランド人の構図で語られているのか?そしてなぜこの2つの対立構図が往々にして同列に語られて、反ポーランド主義が助長されているのか?私の意見では、これは一つにはドイツ人による一種の責任転嫁の心理だと思いますね。ドイツ国民という集団としての(crime)だけではなく、国民集団および個人個人の(sin)の意識に同時に苛まれているため、sinの意識を希釈化しようとして彼らは「ポーランド人だって加害者だ」という「形」を作りたいのです。ワルシャワを訪問した西ドイツのブラント首相が謝罪のパフォーマンスをしたのはユダヤ人に対してであり、(非ユダヤ系を含めた)ポーランド人全体に対してではないことがこのドイツ人の意識を間接的に示していると考えます。もう一つは、やはり個人と集団の区別がつかないこと。そもそもドイツではこの思考・認識の未熟さのせいで、「平時にもかかわらず」(上のほうのカレツキについての議論参照)全体主義にあっさりと社会が乗っ取られたわけですからね。
→これも大変申し訳ないことながら、実名とおぼしき名前で投稿されているとはいえど、素性を明かしておられないあなたの個人的ご見解など、誰も興味はありません。
 個々のご「主張」には、それぞれ、それなりに権威ある典拠を付けてくださいね。
 ああそうだ、ついでですが、私が紹介した本の著者はドイツ人じゃなく英国人ですからね。
 この著者を批判したいのなら、少なくとも、この本を読んだ上で批判することをお勧めしますがね。(太田)
≫本当にそう思ってます?(太田)≪(同上)
 何のことでしょうか?ドイツ分裂のことでしょうかね?
 ドイツ分裂は無理やりやる必要はありません。欧州統合が進めば自然にそうなっていくと思いますよ。たしかに欧州史を見るとドイツというのは統一しているときが最も危険となるようですが、かといって無理やり解体することもありません。財政統合が実現すると域内自由貿易や資本移動の持続可能性が高まるため自然に連邦各州間の政治的つながりが弱くなります。
→違います。欧州大陸諸国中ワルイのは大国だけだ、みたいなことをおっしゃったことについて確認させていただいたまでですよ。(太田)
≫全く違います。太田FAQあたりを手掛かりに、私のアングロサクソン・欧州せめぎあい論を咀嚼していただきたいものです。(太田)≪(同上)
 私がそもそも太田さんの主張を「全く違う」と思っているのですから、意見は述べさせていただきますが、かといって直接太田さんを説得する気はありません。
→私が分析、紹介してきたところの、イギリス人の欧州大陸諸国/諸民族に対する侮蔑意識について、また、だからこそ、英国がユーロ圏に入ることもEUが政治統合することにも反対していることについて、咀嚼してください、と申し上げているだけですよ。
 私の主張の内容を知らずして、私の「主張」とは「全く違う」もくそもないでしょう。(太田)
≫そりゃ、この言葉の誤用ですよ。(そもそも、「指摘」したのはジョーン・ロビンソン女史です。) 単に、戦前の英国の財政均衡至上主義ってことですからね。≪(同上)
 全然違いますよ太田さん。
 誤解しているのは太田さんのほう。
 また言いだしっぺはロビンソンじゃありません。
 では、最もわかりやすい、かつ決定的な証拠を挙げましょう。リチャード・カーンのThe Making of Keynes’ General Theory(Cambridge, 1984)の203~205ページでロビンソン本人自ら、「ケインズがそう呼んだ」The Humbug of Financeについてかいつまんで説明しています(この用語は205ページに出てきます)。
→URLを掲げた場合と違って、書籍を挙げた場合は、(図書館に行くか購入するかといった、手間も費用も時間もかかる方法でしか)確かめようがないのですから、該当箇所の文章を引用する労くらい惜しまないでいただきたいものです。
 どうも、あなたの主張を裏付ける典拠は、ネット上では見つけることが出来ない、・・誰もネットにアップする労などとろうとしていないと言った方がいいのかな、・・マイナーなものばかりのようですね。(太田)
 
 そもそもですね、この用語は「投資の犬が自らの貯蓄のしっぽを振る」ということと深い関係のある話で、太田さんの理解されているような意味ではないのですよ。
 このロビンソンによる「まとめ」をどこかで読まれたうえで、太田さんが貼られたリンク先を読んでごらんなさい。
→「どこか」がネット上ならばURLを示すべきだし、さもなきゃ、繰り返しになりますが、文章を探し出してきちんと引用してください。(太田)
 太田さんはご自分の知らない話や概念を用いてくるたびその都度ネット検索して碌々理解もしないまま議論しているのではないですか?そんな気がしてしまいます。
 私の邪推にすぎないのであれば謝罪いたしますが、もしそうであれば、基礎的な理解を端折っていきなりネットを漁るからそういうことになるのですよ。
 知らないなら知らないとおっしゃるべきです。このようなクオリティではブログの読者層もたしかにだいぶ限られるでしょうね。
→読者の便宜を考えてURLを掲げているだけのことです。
 先回りして謝罪をされているものと受け止めさせていただきます。(太田)
 お返事は以上です。長文、失礼いたしました。
→長い短い以前に、(私の申し上げたような意味で)きちんと典拠を付けましょう!(太田)
<太田>
 それでは、その他の記事の紹介です。
 やっぱ、李明博は双極性障害だと見た方がいい気がしてきた。↓
 「・・・野田佳彦首相と韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領<の>・・・2人はそれまでの日韓首脳にはなかったほど、機微にふれる会話を交わしていたのだ。そのひとつが中国問題だ。
 昨年10月のソウル、そして同12月の京都。複数の日韓関係筋によると、2人はこれらの会談で、中国の急激な軍拡や東シナ・南シナ海での強硬な振る舞いについて、ひざを交えて話し合い、懸念をともにした。
 李氏は昨年10月に訪米した際、オバマ大統領とも中国の台頭をめぐり協議している。それについても野田氏に説明し、日米との連携に意欲をみせたという。・・・」
http://www.nikkei.com/article/DGXDZO45404430W2A820C1PE8001/?dg=1
 またもや人民網のヨイショ記事だー。↓
 「「ボランティアは自分にとって栄誉」と考える日本人・・・」
http://j.people.com.cn/94475/7922969.html
 イギリスの終焉に付いての(『チャタレー夫人の恋人』は別格とした上での)小説4冊の紹介だ。↓
http://online.wsj.com/article/SB10000872396390444873204577539002645932814.html?mod=WSJ_Opinion_LEFTTopOpinion
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太田述正コラム#5684(2012.8.26)
<戦前の衆議院(その14)>
→非公開