太田述正コラム#0110(2003.3.24)
<再び集団的自衛権について>

 私のホームページの掲示板に次のような投稿(#223)がありました。
「・・アメリカによるイラク攻撃を見ていて、いま私はつくづく『日本に集団的自衛権が無くて良かった』と思っています。もし、いま日本に集団的自衛権があったら、日本政府はアメリカの要請を断わる事が出来ずに、ともにイラク市民に爆弾を浴びせていた事でしょう。・・
 ・・今回の国連安保理では、賛成派反対派の双方において欧州諸国は主体的に意思決定し行動していました。この様に国際社会において、欧州諸国が強い自己主張を可能とする背景には、アメリカ一国だけに自国の安全保障を委ねていないという裏付けがあるのだと思います。・・
・・二国間同盟と多国間同盟とでは、ジュニアパートナーたる締約国の自由度に大きな差が存在すると思うのです。そしてその自由度の差こそが、今回のイラク攻撃問題における日欧の主体性の違いをもたらしたのだと考えます。
 これまでの日本の安保論議は、「国際協調と対米協力とが常に同じベクトルを向いている」という暗黙の前提の下に議論が行われてきたように思います。しかし、今回のイラク攻撃によってその前提は明確に崩れ去りました。
 そのような状況において、日本政府が自らの意思によって方針を決定するためには、日本が核武装をしていない以上、多国間の安全保障の枠組みを模索することは避けて通れないように思うのです。
そして日本が集団的自衛権を持つのは、多国間安全保障の枠組みが完成しアメリカ一国への安保上の依存度が下がった後でなければならないことは、今回のイラク攻撃で一層明らかになったと考えています。」

この投稿に関しては読者の間での議論に期待することとし、ここでは事実関係の指摘だけをしておきます。
1 集団的自衛権が行使できないという憲法解釈を日本政府がとっていると称していることは事実ですが、日米防衛協力等の際の自衛隊の運用等は日本による集団的自衛権の行使を前提として行われており、建前と実態が乖離しています。(例えば、コラム#57、#58及び2参照。)
2 日本は「多国間安全保障の枠組み」に既に入っています。朝鮮国連軍地位協定(1954年)がそれで、日本と米国のほか、英、加、豪、ニュージーランド、南ア(以上英国系)、フィリピン(米国系)、フランス、イタリア(以上英米の当時の「養子」)の計10カ国が加盟しています。(拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社)86頁参照。)
 すなわち、朝鮮半島有事に関しては、日本は中立国としての立場を法的にあらかじめ放棄しており、北朝鮮は日本を攻撃する「権利」があります。
3 上記地位協定は、(日本以外の、米国を含む)加盟国の軍隊が日本の領域に自由に出入りすることを認めています。他方、「二国間安全保障の枠組み」である日米安保条約の方には事前協議制度が存在し、米軍の日本の領域への出入りを日本が拒否できる場合があるとされています。
 つまり、締約国(日本)の自由度は、「枠組み」が「多国間」であるか「二国間」であるかとは無関係であって、具体的な取り決め内容いかんによるということです。
4 イラクは、「多国間安全保障の枠組み」であるNATOやANZUSや「二国間安全保障の枠組み」である米韓同盟条約の対象地域外であり、しかも締約国がイラクから攻撃されたわけでもない以上、対イラク戦は「枠組み」とは法的に何の関係もありません。NATO加盟国中英国(ただし、内容不詳の英米安全保障協定加盟国でもある(コラム#105参照))は対イラク戦に参戦し、フランスやドイツは参戦しなかったこと、ANZUS加盟国中オーストラリアは参戦し、ニュージーランドは参戦しなかったこと、他方韓国は参戦を考慮中と伝えられていることは、それぞれの国が米国の要請を受け、加盟している「枠組み」とは全く無関係に、それぞれの国益に照らして対応しているということです。

<文中の読者からの再投稿に対するコメント>
読者の間で議論していただきたいのですが、ちょっとだけ。

>日本政府にアメリカを支持するという以外の選択肢が、はたして始めから存在していたのでし>ょうか?つまり、日本政府は主体的に意思決定し自らの方針を決めたのではなく、アメリカに>決めさせられたのではないでしょうか。その点において、日本と欧州諸国の違いは大きいと思>うのです。

この部分の貴見には完全に同意です。
但し、その原因については、見解を異にします。
戦後の日本は自ら米国の保護国(=自らの安全保障を米国に丸投げした国・・やや乱暴に言えば、集団的自衛権行使の禁止なる政府憲法解釈はその旨を宣言したものと理解できる)であり続けてきたため、基本的に米国の意志に従う以外に選択肢がないということです。なにしろあえて、諜報組織も持たず(=国際情勢を判断しないこととし)、秘密保全法制も(一昨年までは全く)存在せず、依然として有意の防衛力は持たないことにしているのですから。
換言すれば、日本の安全保障のためにはどの国(単数または複数)といかなる同盟条約を結ぶべきかといったことを考える主体が存在しない、ということです。保護国というのはそういうものです。

 なお、

>実際に北朝鮮が日本に攻撃してきた時に、朝鮮国連軍地位協定に基づいて英仏やイタリアが日>本を守りに来てくれるのか?

には、弱りましたね。
 安全保障問題を議論するのであれば、日米安保条約に基づく地位協定はご存じはずで、およそ地位協定なるものにそんなことが書いてあるはずがないと思っていただかないと困ります。
 そこで、朝鮮国連軍の根拠となる安保理諸決議がいかなるものかということになりますが、これが日本を防衛するという内容のものでないことは常識でお分かりでしょう。(これら安保理諸決議が「英仏やイタリア」を防衛するという内容のものではありえないことと同じです。)
日本が朝鮮国連軍地位協定にホスト国として加盟したということは、日本が、上記安保理諸決議を履行することを約束し、(朝鮮国連軍への出撃・兵站拠点を提供するという形で)韓国を防衛する義務を(安全保障上の直接的な見返りを求めずに一方的に)負ったということなのです。
 言うまでもなく、朝鮮国連軍地位協定は、日本が占領下において米国の命令の下でやらされていたことを、「主権回復後」に保護国として米国の「指示」に従い、公式化しただけのことです。