太田述正コラム#0120(2003.5.17)
<イラク復興のために日本は何をすべきか(その2)>

3 自衛隊の派遣

 自衛隊のイラク派遣は行わなければならないし、派遣する時期は早いほどよい。
 なぜなら当分の間、イラクの治安状況に対する懸念を払拭できない以上、そのようなイラクに日本の企業の派遣を促すのであれば、危険な状況下で行動することを旨とする自衛隊がまず派遣されて率先垂範するのが自然の理というものだからだ。
 また、この派遣部隊は治安維持を任務とする部隊を主力とすべきだ。
およそ治安の維持が、紛争後の復興の前提条件であることは、フォーリン・ポリシー誌の記事の中でも強調されているところだが、これは1992年にブトロス・ガリ国連事務総長が国連の報告書において指摘して以来の世界の常識だと言っていいからだ(藤林・長瀬編著「ODAをどう変えればいいのか」コモンズ2002年 223??224頁)。
そもそもブッシュ政権の考え方が軍事力重視であることは、最高のもてなしであるテキサス州クロフォードのブッシュ大統領私邸への招待にあずかった各国首脳のリストを見ても明らかだ。 
小泉首相は、米国に楯突くことが多くても核大国であるロシアのプーチン大統領やイラク戦に特殊作戦部隊2000名を派遣したオーストラリアのハワード首相が既に招かれているというのに、今度の日米首脳会談の際、頼み込んでようやく招待された(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20030509/eve_____kok_____001.shtml(5月9日アクセス))。
イラクに関しても、イラク戦に参戦するとともに、戦後も引き続きイラク治安維持部隊に兵力を派遣する国を最も評価していることは、ポーランド(イラク戦に後方支援部隊200名を派遣し、治安維持部隊にも1500名派遣する)やデンマーク(イラク戦に潜水艦1隻、水上艦1隻を派遣。治安維持部隊への派遣兵力は不明)に、四分割したイラクのうちの二つの地域の「統治」をそれぞれゆだねる予定である点にもよくあらわれている(ただし、三分割なのか四分割なのか、それに関連してデンマークがそのうち一つをゆだねられるのかどうかははっきりしない)(注4)。当然のことながらイラク全土の復興支援について「決定権」を持つ占領当局の下で、特定の地域の「統治」をゆだねられたポーランドとデンマークは、その地域における復興支援案の「決定」に大きな影響力を持つことになると思われる。
(イラク戦への派遣兵力はhttp://www.areporter.com/sys-tmpl/thecoalitionofthewilling/(5月15日アクセス)による。)
だから、日本がイラクの治安維持のために自衛隊を派遣しなければ、イラクの復興支援について何の発言権も与えられないままカネとヒトだけ拠出させられて終わりにされるであろうことは必至だ。(ポーランドに対しては、米国は治安部隊派遣経費を国際基金から優先的に充当すること約束している。カネやヒトを出すより危険を犯せという価値基準がここにも端的にあらわれている。)
言うまでもなく、これは治安維持目的で国際基金に資金を拠出するより、はるかに効率的・効果的な日本の国家予算の使い方といえる。

自衛隊の派遣規模だが、秋の時点でイラク駐留外国軍は最低5万人程度と見込まれる(同じ注)ことから、その10%の約5,000名としてはどうか。そして治安維持部隊を派遣した経験がないことから、今回の派遣規模は治安維持以外の任務に従事する部隊の派遣規模よりやや多めにとどめることとすれば、この5,000名の内訳は、治安維持部隊として一個普通科旅団約3000名、主として人道支援に従事する輸送、補給、通信、化学、地雷処理、衛生、施設等の部隊約2000名といったところになろう。
治安維持部隊以外の自衛隊は、主として人道支援、そして副次的に社会資本復旧任務に従事することになるが、その存在自体がイラクの治安の維持に資することにもなる。これもまた日本の国家予算の効率的・効果的な使用だ。
 今まで自衛隊が海外の特定の地域に派遣した最大規模の陸上部隊は、現在も引き続き行われている東チモールへの施設部隊の派遣680名であり、これに比べるといかにも多人数の派遣に見えるかもしれないが、防衛費の規模が日本よりやや小さく、GNPの規模で日本の三分の一に過ぎない英国がイラク戦に23,000名にのぼる地上兵力を派遣したことを考えれば、決して過大な数字とは言えない。(ちなみに、日本と同じく北朝鮮問題を抱える韓国は、同国において嫌米感情が充ち満ちている中、イラク戦に約700名の工兵・医務部隊の派遣を決定し、戦争が終わった後も、この部隊をイラク復興支援に振り替えることにしているhttp://www.nytimes.com/2003/04/03/international/worldspecial/03KORE.html(4月3日アクセス)。)

(注4)米国は、米軍2万人、英軍が率いる9000人の多国籍部隊、ポーランド軍が率いる9000人の多国籍部隊、及びデンマーク軍率いる9000人、計5万人弱からなる治安維持部隊(Stabilizing Force)が秋の時点で引き続きイラクに駐留し、占領当局の監督の下、米国がバグダッドを「直轄統治」し、英、ポーランド、デンマークがバグダッド以外三地域をそれぞれ「統治」することを考えているようだ(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-war-iraq4may04234422,1,1922477.story?coll=la%2Dheadlines%2Dworld(5月5日アクセス)、http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3008323.stm(5月8日アクセス)。今のところ治安維持部隊に兵力を拠出することになっているのは、米英、ポーランド、デンマークのほか、イタリア、オランダ、スペイン、アルバニア、ブルガリア、ウクライナの計10カ国であり(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/2997715.stm。5月3日アクセス)、治安維持目的以外の兵力派遣を約束している諸国は、オーストラリア、フィリピン、韓国、カタール、エストニア、リトアニア、ラトビア、ポーランド、ハンガリー、チェコ、スロバキア、スロベニア、ルーマニアの計12カ国。合計すれば戦後イラクに兵力をコミットしている国の数は22カ国ということになる。なお、インドとパキスタンも兵力派遣を検討中との報道がある(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/articles/A7711-2003May2.html(5月3日アクセス)及びニューヨークタイムズ前掲)。

なお、治安維持部隊であれ、それ以外の要員・部隊であれ、自衛隊のイラク派遣を実現するためには、治安維持面では国連の直接的関与が得られないという前提でイラク復興支援法といった特別法を制定するとともに、国連の関与が得られるに至った場合に備えてPKO法に所要の改正も行っておいた方がベターであり、これら法案の与党間の調整や国会審議等に相当の時間を要すると思われる。
 その際肝心なことは、以下のような問題点を、上記派遣根拠法の中でつぶしておくことだ。その上で、各国同様、防衛庁長官(軍)の責任で状況に応じて使い分けられる様々なROE(Rule of Engagement。(平時の)交戦規則)を定めて対応することになる。

自衛隊の部隊は、派遣隊員の正当防衛や緊急避難の要件を満たす場合には部隊として交戦(=武器を使用)できるが、自隊以外の人員、武器、施設等を防護するための交戦はできないこととされている。(ただし、「自隊」には、その管理下に在る者も含まれる)。
また、任務遂行のための交戦も制限されている。(例えば、検問を行っている際、積載物不明の不審車両が制止を無視して検問所を突破したとしても、相手が自隊の隊員または自隊の管理下にある者に危害を及ぼすことによって正当防衛の要件が満たされない限り、当該車両に対して狙撃はもとより威嚇射撃も行えない。)                                
つまり陸上自衛隊の部隊は、他国の部隊に一方的に守ってもらうだけだし、任務遂行もおぼつかないというわけだ。これでは、施設部隊や輸送部隊といえども厄介者扱いされかねないし、普通科(歩兵)部隊が派遣された場合は、文字通り他国の部隊のお荷物になるだけだ。
また、海上自衛隊の運用に関連してしばしば議論される問題だが、輸送部隊が派遣された場合、治安任務(後述)に従事している他国の治安維持部隊へ糧食や石油は輸送することは常にできるが、その時の情勢いかんによっては、武器・弾薬を輸送することが「武力行使との一体化」として許されない場合が出てくる。これでは輸送部隊として任務が全うできない。
更に、イラクに派遣された自衛隊の部隊・要員は、他国の指揮官の指揮の下に置かれることになるし、自衛隊の部隊の規模が大きい場合は、他国の部隊の指揮をゆだねられる場合も出てくる。これまでは、自衛隊がPKOに派遣された場合には、国連による指揮を指揮でないとごまかし、アフガン戦にからんでインド洋に派遣された自衛艦の場合は、マジに米軍の指揮を受けず、いらざる危険に身をさらしてきた。このような悲喜劇もこの際、打ち止めにしなければなるまい。

以上のような諸問題は、集団的自衛権の行使を禁じる政府憲法解釈から生じており、本来派遣諸法の中で、政争の対象としつつ詭弁を弄して一つ一つつぶしていくというやり方ではなく、集団的自衛権が行使できると政府憲法解釈を変更することによって一挙に解決を図ることが望ましい(注5)。

(注5)そもそも、なぜ集団的自衛権に関する政府憲法解釈を変更すべきかについての理論的な説明は拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社2001年70-78頁)に、そして部隊(但し海上自衛隊)の運用に即した説明は拙稿「苦悩する自衛隊――インド洋への海上自衛隊の派遣をめぐって」(Discussion Journal 「民主」no2 2002autumn 掲載、筆者のホームページhttp://www.ohtan.netの時事コラム欄に転載)を参照。
  なお、有事法制が国会を通過する運びになったが、これは一番起こりにくい有事である武力攻撃事態に関する法制であり、より起こりうる有事である海外有事、武器攻撃事態、及び大量破壊兵器攻撃事態に関する法制の整備が今後の課題となる(拙稿「切迫する危機に備えていない「有事法制」の欠陥」(『選択』2002年3月 掲載、筆者のホームページhttp://www.ohtan.netの時事コラム欄に転載)参照)。まずは本稿で述べてきた方向で自衛隊のイラク派遣の根拠となる特別諸法を整備した上で、特別諸法の武器使用関係規定を自衛隊法の中に取り込み、自衛隊が海外有事や武器攻撃事態に恒常的に対処できるようにすることをめざすべきだろう。そして最終的には集団的自衛権に関する政府憲法解釈を変更し、有事における米軍支援法を整備することになる。なお、現在国会に上程中の有事法制の付則で一年以内に制定すると明記されている国民保護法制が整備されれば、大量破壊兵器攻撃事態に関する法制の主要部分の整備が完了することになる。
しかし、治安維持部隊を派遣するとなるとそれだけではすまない。
戦後日本が、(警察であれ自衛隊であれ、)国家権力は武器を抑制的に行使しなければならない、としてきたことに伴う問題なのだが、平時(有事における非戦闘地域も平時)に先制攻撃を許す発想が陸上自衛隊にはない。いかなる場合にも先制攻撃を行わない部隊を治安維持部隊などマンガ以外の何ものでもない。
そこで、治安維持任務に従事するためには、先制攻撃を許すROEを制定しておく必要がある。
防衛庁はまだROEを一つも制定していないが、PKOの本体任務の凍結が解除されてからでも既に相当の日時が経過しているのだから、陸上自衛隊では先制攻撃を許すROEを含む、各種ROE案を作成済みのはずだ。派遣部隊にあっては、防衛庁長官が早急にこれら各種ROEを審査・オーソライズし、派遣部隊を編成し、この各種ROEに基づいた教育訓練を行い、かつ指揮官が部隊を掌握した上でイラクに派遣される必要がある。そこで、このような教育訓練を必ずしも必要としない、個人ベースの自衛官派遣から始め、準備ができたものから部隊を逐次イラクに派遣することになる。一番困難な任務に従事し、かつ訓練すべきROEの種類が多い治安維持部隊については、派遣が決定されてから派遣まで六ヶ月はかかると見た方がよい。
しかし、米英占領軍は1年を越え長期間にわたってイラクに駐留することになりそう(http://www.sankei.co.jp/news/030510/0510kok040.htm。5月10日アクセス)なので、治安維持部隊が根拠諸法の国会通過プラス六ヶ月後に派遣されたとしても、十分間に合うだろう。

 いずれにせよ、自衛隊の派遣方針が決めるにあたっては、米国政府と十分調整を行い、方針が決まったら、具体的な派遣時期等をイラク駐留米軍等やその後継たる占領当局及び近々発足するイラク暫定政権等と調整を行うことになる。

(続く)