太田述正コラム#5666(2012.8.17)
<フォーリン・アフェアーズ抄(その2)>(2012.12.2公開)
・モイセス・ナイーム「マフィア国家の台頭–融合する政府と犯罪組織」(2012No.7より)
 「Moises Naim<は、>・・・ベネズエラ貿易産業省、<米>フォーリンポリシー誌編集長を経て、現在は<米>カーネギー平和財団シニアアソシエート。著書に『犯罪商社.Com ネットと金融システムを駆使する、新しい、密売業者』(邦訳・光文社)がある。」(79)
 「国益と犯罪組織の利益が結びついてしまったマフィア国家には、ブルガリア、ギニアビサウ、モンテネグロ、ミャンマー(ビルマ)、ウクライナ、ベネズエラなどがある。」(73)
→この論考中に後で登場するというのに、肝心のロシア(「ロシアと国家マフィア主義」シリーズ(コラム#5638、5640、5642、5644)参照)と北朝鮮がここで列挙されていないのは摩訶不思議です。(太田)
 「スペインのホセ・グリンダ検事によれば、・・・「スペインの法執行機関は、ベラルーシ、ロシア、ウクライナの政府の一部として機能している犯罪シンジケートと日常的に対峙している」。ウィキリークスで明らかになったアメリカの外交公電のなかで、グリンダは「ロシアマフィア」が、アルミニウムや天然ガスを含む、世界経済の多くの分野で「非常に大きな影響力をもっている」と指摘し、これは、クレムリンがロシアの犯罪組織と緊密な協力関係にあることを意味すると示唆している。
 「マフィア国家」では、政府職員と犯罪者が、政府の指導者、一族、友人とのコネをもつ合法的なビジネスコングロマリットを通じて協力していることが多い。グリンダによると、ロシアの軍情報機関がマフィアを使ってトルコのクルド人反政府勢力に武器を供給するなど、モスクワが犯罪シンジケートを利用するのはいまや一般的だ。
 ロシア政府と犯罪組織のつながりを明らかにしたのが、2009年にスウェーデン沖で起きたアークティックシー号のシージャック事件<(注1)>だった。ロシア政府はこの貨物船が「海賊に乗っ取られた」として、救援のために密かに海軍を派遣した。だが実際には、アークティックシー号はロシアの情報機関のために武器を密輸していた、というのが、多くの専門家の見方だ。外国の情報機関が密輸を妨害しようとしたために、ロシア政府は「乗っ取り事件」をでっちあげて、海軍を向かわせて、事態をカバーアップしようとした。」(75)
 (注1)「Arctic Sea<は、>マルタ船籍の貨物船。3,988トン。2009年7月24日、ドーバー海峡付近にて行方不明となり、国際的な話題となった。・・・同年9月6日付のイギリスのサンデータイムズは、ロシアやイスラエルの情報筋の話として、ロシアの犯罪組織がイランに対し、アークティック・シーを使って地対空ミサイルを密輸しようとしたというのが事件の真相であると伝えた。アークティック・シーの積み荷を察知したイスラエルがロシアに協議した結果、当事者側の国であるロシアが密輸を阻止する形で解決を図ったという見方を伝えている。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%BC
→本命登場、という趣がありますね。(太田)
 「ブルガリア<の>・・・国会議員で元情報機関トップのアタナス・アタナソフは、・・・「他国にもマフィアはいるが、ブルガリアではマフィアが国を支配している」と描写した。
 アフガニスタンでも、政府高官と地方の知事が麻薬密売ネットワークと共謀しているだけでなく、そのネットワークの指導的立場にある。・・・
 麻薬取引のグローバル化が進み、生産地であるアンデス地方やアジアと、巨大消費地であるヨーロッパを結ぶ重要な中継地点として近年アフリカ諸国もそのネットワークに巻き込まれている。アフリカ諸国の指導者とその家族、政治家、軍人、司法機関の関係者が、麻薬密輸に直接的に関与している。・・・
 ベネズエラもマフィア国家のひとつだ。・・・
 <同国>政府公認の犯罪ビジネスは麻薬取引だけではない。この国は、人身売買や資金洗浄(マネーロンダリング)、偽造品、兵器密輸、そして石油の闇取引の一大拠点でもある。・・・
 核武装した独裁国家の北朝鮮では国が犯罪活動を主導して<いる。>・・・」(76~77)
→筆者は、2種類のマフィア国家を区別すべきだった、と思います。
 一つは、旧共産主義国家であり、もう一つは、失敗国家(failed state)です。
 前者については、もともと国家そのものが諜報機関だったのであり、国内外で非合法活動に従事してきた実績があります。
 このような国家が非共産主義国家の体裁をとった時に、諜報機関のインフラを政府や「民間」が活用することで、マフィア国家に堕し易い、ということでしょう。
 後者については、もっぱら私益を追求する指導層の下、国家の体裁を維持している場合と体裁すら維持できず軍閥割拠型の内戦が続いている場合とがありますが、いずれにせよ、マフィア国家的存在に堕してしまっているものでしょう。(太田)
 法執行機関が柔軟に対応できない理由のひとつは、こうした組織が基本的に国内問題への対応を任務としているのに対して、大規模で危険な犯罪組織は「マフィア国家」の手先とともに、国際的に活動していることにある。国際犯罪ネットワークのスピードと機動性、そして国が提供する法的保護と外交特権を併せ持つマフィア国家には、国内担当の法執行機関では到底対処できない。しかも、条約、多国間機関、各国の法執行機関の国際協調など、各国政府が、マフィア国家という脅威に立ち向かっていくのに利用できるツールはもはや役に立たない。結局のところ、政府指導者や警察高官が犯罪者である以上、まともな連携など図れるはずがない。
 マフィア国家の出現は、法執行機関の国際協力(トランスガバメンタリズム)という概念を揺るがしている。・・・インターポール<(=ICPO)>総裁、南アフリカのジャッキー・セレビ警察庁長官自身が犯罪者だった<(注2)>のだ。」(78)
 (注2)「南アフリカのズマ大統領は12日、ベキ・セレ警察長官を解任したと発表した。セレ氏は、契約業者との不透明な関係などを指摘され、停職中だった。・・・南アは警察長官が2代連続で「汚職」の容疑で失脚する異常事態となった。・・・セレ氏は09年に警察長官に就任。セレ氏の前任で、国際刑事警察機構(インターポール)総裁も務めたジャッキー・セレビ前長官は08年、麻薬密売業者から金品を受け取る代わりに捜査情報などを流した収賄の容疑が浮上。ムベキ大統領(当時)に更迭された後、収賄罪で懲役15年の実刑判決を受け、服役中だ。」
http://mainichi.jp/select/news/20120614k0000m030035000c.html
→南アフリカについては一応自浄作用がまだ働いていることに照らし、また、ミャンマーについては自浄作用が働き始めたように見えることに照らし、現時点で両国にマフィア国家という烙印を押すのは控えるべきでしょう。
 それはともかくとして、世界に、数多くのれっきとしたマフィア国家が存在する以上、世界の全ての国の法執行機関の間の国際協力の概念どころか、世界の全ての国の間の国際協力の概念そのものが成り立ち得ない状況である、とさえ言えそうです。
 国連の常任理事国にマフィア国家のロシアとマフィア国家候補の中共が拒否権をもって蟠踞しているのだから何をかいわんやである、ということです。
 それにしても、世界がこんな状況なのですから、日本は、一刻も早く「独立」をし、諜報機関をゼロから再建するとともに、自衛隊を軍隊化すべきだ、とここでも力説しておきたいと思います。(太田)
(続く)