太田述正コラム#5700(2012.9.3)
<戦前の衆議院(続)(その2)>(2012.12.19公開)
<堀切善兵衛(コラム#5602)議員>(同上)
 「・・・犬養内閣より齋藤内閣を経て、我が国の経済界は余程面目を新たにした点が多いのであります。即ち或いは軍需工業や、為替安に乗じて進出したる輸出工業等は頗る盛況を呈するに至り、又金融界も大分安定を見るに至ったのであります。されば世界を旅行して帰った人の間には、我が国は経済的に一番好く行って居ると表する者さえあるに至ったのであります。併しながら是は要するに都会地商工業の一部に限られたる観察であって、決して国内全体が、未だ好くなったのではないのであります。少なくとも農村だけは・・・疲弊困憊の度、年と共に加わって、都会地との開き、工業地との禍福の相違は愈々甚だしく、到底之を其の儘に放任する能わざる情勢になりました。殊に今年に入ってからは、繭価の大暴落に加えて、天災地変相次踵いで起こり、遂に我が農村の大部分は総括的に窮乏の極に陥ったのであります。・・・」(26~27)
→高橋財政によって、大恐慌を日本は、最も巧みに克服した主要国となり、それと平行して、日本は、修正資本主義化(日本型政治経済体制化)の道を最も巧みに進めたわけですが、その様子と、しかし、農村がそれらの恩沢を享受するのにタイムラグがあったことが、この堀切の演説(質疑)からうかがうことができます。
 蛇足ながら、戦後、長きにわたって戦前の経済水準との比較が行われたものですが、その場合、戦前とは、この国会が開かれた1934年に始まり、1936年までの3年間の平均を指しました。
http://oohara.mt.tama.hosei.ac.jp/rn/24/rn1952-174.html (太田)
 「歳出歳入の均衡を得ざる財政、所謂赤字財政の常道にあらざることは言うまでもありませぬ。又之を好む者も国民誰一人ないのである。併し其の好むと好まざるとに論なく、現今の世界各国は殆ど皆赤字財政であります。唯独り英吉利だけは赤字が変じて黒字になったと云うので、我が当局は財政家の模範とすべきもののように考えて居るのであります。併し英国は一面に非常なる重税を国民に課して居ることは、皆様ご承知の通りである。・・・
→The Humbug of Finance(コラム#5681)に言及していますが、このすぐ後のダルトン説の引用といい、堀切、さすがに広く世界を知っているだけのことはあります。(太田)
 今春倫敦大学の「ダルトン」教授は・・・斯う云う事実を書いて居る。世界経済界の不況に伴い物価が下落して、是が為、政府の有する収入を減少するに至った。然るに歳出の方は物価下落するも減少する程度は極めて少ない。否、政府は失業救済、時局匡救費等の支出を余儀なからしめられるが為に、政費は却って増加する傾向がある。・・・我国の赤字には、此の物価の下落、経済界の不況と云う以外に、尚お大なる原因のあることを忘れてはなりませぬ。それは何ぞやと申せば、即ち満州事件の発生と、其の前後措置並びに国際関係に基づく陸海軍事費の増加即ち是であります。此の二大原因がなかったならば、我が国の赤字は極めて少なかったに相違ない。併しながら私共は、満州事件が今日の如く進展し、是が為に我が財政に赤字が多くなったからとて、決して悪いとは考えて居ないのであります。金が掛った、今後も掛る。併しそれは大体に於いて、使い甲斐のある金を吾々は使ったのであります。何となれば、我が国が世界の一等国として列国の間に伍する為には、現在及び将来の我が国民の活動発展の範囲を相当に広く致して置くことは、必要欠くべからざることでありま<す。>・・・」(33~34)
→しかし、やはり堀切は、肝心の日本のことには疎い馬脚を現してしまっています。
 満州「事件」も、陸海軍事費の増加も、「我が国が世界の一党国として列国の間に伍する為」などといった抽象的かつ迂遠な目的のために行われたのではなく、対赤露安全保障のために余儀なく行ったものであり、こういう演説をする国会議員がいたこと・・日本の当時の外務官僚には同工異曲の認識の者がもっとたくさんいたので一概に堀切を責められません・・が、英米において、(ためにするものを含め、)誤解を呼ぶ一因になったのです。
 それはともかく、満州国の「整備」のためにも、日本は大いに財政的持ち出しを行ったわけです。(太田)
<富田幸次郎(注4)議員>(同上)
 (注4)1872~1938年。高知県に生まれ無学歴に近いが、教員となり、その後、高知新聞の創立者の一人となり、その主筆となる。「1908年・・・衆議院議員総選挙に・・・初当選。その後も第14回を除いて毎回当選、・・・党籍は憲政本党→立憲国民党→立憲同志会→憲政会→立憲民政党と変移しそれぞれの時期において党の重要ポストに就く。・・・また帝国通信社、日本高速度鋼、日本紡紙機等の各社長に<も>なる。・・・衆議院議長・・・在職中・・・に・・・没。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%8C%E7%94%B0%E5%B9%B8%E6%AC%A1%E9%83%8E
 
 「・・・満州問題にても、軍縮問題にても、帝国の主張は正しく且つ合理的であると云うことは、我が国民の挙げて確信して居る所であります。・・・
 近来国際通商の傾向は、各国互いに障壁を設けて、極めて変態的の傾向を帯ぶる事情に在ります。此の結果と致しまして世界の随所に通商上の難件が続発をして、ご承知の通り我が帝国の賞品は、低廉にして精良なるに依り、世界の各方面の需要が沢山ありまするのに拘らず、各国が競うて却って其の門戸を閉鎖して、我が商品の進出を阻害・・・されて居ることは顕著なる事実であります。・・・政府は我が貿易の前途の為に将た世界人類の幸福の為に、各国の此の誤れる政策の根本を正し、世界通商の自由を確保せなければならないと思うのであります。・・・日印会商、日蘭会商等、部分々々の工作は承知して居りますけれども、其の結果は満足し得ざるものが多くて、唯姑息なる一時的方便に過ぎないものであると思うのであります。・・・盟邦満州国に対しては、満州国は国を肇めて以来僅かに三年に過ぎませぬけれども、其の顕著なる発達に付いては満腔の敬意を表し、独り盟邦の為のみならず、実に我が東洋の為」、又世界文運の為に慶賀に堪えない次第であります。・・・」(44~45)
→当時の日本は民主主義国家であり、満州問題すなわち帝国陸軍問題も、軍縮問題すなわち帝国海軍問題も、前者については「満州の支那からの分離・満州国の建国整備」が民意であり、後者については「軍縮反対・反対が通らなければ軍縮条約離脱」が民意であったわけであり、富田がかかる民意に沿った演説(質疑)を行ったのは至極当然のことです。
 しかし、前者については、在支、とりわけ在満の邦人の具体的経験をも踏まえて民意が形成されたのに対し、後者のような抽象的な問題については、帝国海軍の組織エゴに基づくプロパガンダに民意が踊らされたと見てよいのではないでしょうか。
 陸海軍それぞれへの予算配分のような件については、陸海軍の立場を超えた場において、国家的選良達が(最大目的であるところの対赤露抑止に加えて、日米海上衝突ないし日米建艦競争回避等の観点から)軍事予算を陸軍に傾斜配分する形に善導しなければならなかったところ、致命的だったのは、維新の元勲達がいなくなった時点で、彼らに代わる国家的選良達の確保・養成を怠ったことであり、ために、昭和期に入ってから、善導者不在のまま政府が民意のまま流され、帝国陸軍の近代化が海軍に比して遅れてしまったことはまことに残念です。(太田)
(続く)