太田述正コラム#0136(2003.8.2)
<またまた北京訪問記(その5)>

 前回のコラム#135で「完」にしましたが、今回は追伸だとお考えください。

 日本では政府関係者以外には必要のない配慮ですが、中国では、「民間人」と言えどもその発言が政府の公式見解の表明なのか、個人的意見の表明なのか分からず、後者だった場合、本人に迷惑がかかるおそれがあるので、発言を引用した人々のお名前はコラム上ではふせてきました。

 今回北京でお目にかかったのは、中国人民大学副学長、同大学国際交流処処長、同大学米国研究センター所長、同大学国際関係学院副院長(二名)、同学院副教授、全国日本経済学会常務理事、中国国際友好連絡会理事、中国現代国際関係研究所研究員、中国国際交流協会理事、北京高峰総合研究所副社長、北京高峰総合研究所総合研究部長等ですが、このうちの全国日本経済学会常務理事は人民大学での私の講演及び質疑応答の際の通訳であり、彼以前の前半の人々(人民大学教授陣。これに人民大学大学院生が加わる)とのやりとりをコラム#133で、そして彼以降の後半の人々とのやりとりの最大公約数を、前回のコラム(#135)で紹介させていただきました。
 どうして人民大学関係者とそれ以外の人々との二グループに分けたかお分かりですか。
人民大学はあまたある中国の大学の中でも特に中国政府、すなわち中国共産党の強い指導の下に置かれていると思われます。なぜなら、人民大学にはマルクス主義研究学院と独立学科としての中国共産党史学科が置かれている(同大学の英文パンフレットによる)からです。
しかし、そうは言っても大学は大学であり、準政府機関としてのもろもろの「協会」や、政府から研究を受託して政府に答申する業務がメインであるもろもろの「研究所」と違って、学生の教育とそれに必要な研究を行うところであることから、政府・共産党の意向をストレートに代弁する立場にはなかろうと判断し、人民大学とそれ以外の人々との二グループに分けたのです。
このように分けてみると、実際、人民大学関係者の見解や質問(ご紹介したのは、その一部分です)のスタンスが雑多であったのに対し、それ以外の人々の見解や質問のスタンスは均質的であるという違いがあったと思います。
例えば、後者のグループの人々はおしなべて、私の著作をよく勉強しており、中国の新指導部の対日政策に変化がないことを強調するとともに、日本政府の対北朝鮮制裁の次の動きと防衛大綱の改訂作業に強い関心を示しました。それに対し人民大学関係者は、私については私の送った履歴書の内容を承知しているだけの人もおれば私をよく知っている人もおり、中国の新指導部の対日政策の不変性など誰も言及せず、北朝鮮情勢には強い関心を示したものの、防衛大綱という言葉を援用することもありませんでした。
 
 以上の私の判断が正しいとすると、人民大学関係者の発言は個人的見解の表明が少なくないと考えられることから、その発言の匿名性はより担保する必要があることになります。
しかし、にもかかわらずあえて、一人だけ実名を明らかにさせていただくことにします。
月刊誌『選択』8月号に「中国共産党中央宣伝部が発行」する「「時事報告」誌(2003年第7号)」が掲載した座談会「中日関係に求められる新戦略」を引用した記事が載っていますが、この座談会メンバー四名のうちの一人、中国人民大学国際関係学院教授兼米国研究センター長の時殷弘氏こそ、コラム#133の中で紹介した「日本の軍事大国化への懸念<を>ながながと表明」した「教授の一人」です。
上記の『選択』の記事によれば、時教授は「現在の<日米>両国関係があまり良好な状態にない・・<これは>日本人にとって憂慮すべき事態というより、中国の根本利益から見て憂慮すべきことなのだ・・ただ日本で軍国主義が復活しようとしていると言いはるだけでは客観的でないうえ、両国民間に感情的な対立の種をまくだけではないか・・日本の軍事力増強と軍事的拡張の問題については、中国は分けて考える必要がある・・ただ、日本の国際的な影響力が増大していくことには十分な心理的準備が必要だ・・現在、扱いが難しいのは主に歴史問題とその国内への影響だ。この問題については、まず中国の政府や学界が世論に影響力を持つ人々とともにコンセンサスをつくり、巧みに世論を先導しコントロールする必要がある。また、一部の不正確な考え方は改めていかなければならない。」というお考えです。恐らく教授はかかる見解を前からお持ちであったところ、ようやく政府の認知を得られたということなのでしょう。
このように、時教授の見解が公になっているということと、その一方でコラム#133における、教授の発言の私による引用が舌足らずであったことから、お名前を明らかにして時教授の真意を読者にご披露する必要があると考えました。
ではどうして私の講演の後、教授は私が誤解するようなコメントの仕方をされたのでしょうか。教授が英語(中国語なまりの相当強い英語だったと申し上げておきましょう)を用いられたことに問題があったのか、私の英語の理解力そのものに問題があったのか。いずれにせよ、ラングエージバリアのある国際会議で双方がペーパーなしに議論をすると、いらざる「誤解」が生じうるという典型的な事例でしょう。
これで、講演と質疑応答が済んだ後の昼食会で、その昼食会にも列席していた時教授を前にして、別の教授が、今回の北京訪問中にほかにどういう人に会うのかを私にたずねた上で、「太田さんは時教授の見解を中国政府の見解と同じであるかのように揶揄されたが、太田さんが会う、人民大学以外の人々の方がずっと中国政府に近い立場ですよ。時教授の見解は決して政府見解と同じではありません」とわざわざ注意を喚起した理由が分かりました。

ところで、「北京の日中関係筋によると、中国政府は日本人旅行者に対しビザ(査証)なしでの渡航を認める方針を固めた。十日から日本を公式訪問する李肇星(り・ちょうせい)外相が、訪日の"目玉政策"として、この方針を日本政府に伝える。同筋によると、中国政府は観光、商用旅行者のビザを免除する方針。開始時期は未定だが、恒久的な措置とする予定で滞在期間は十五日間が有力だ。・・中国側には今春、全土で猛威をふるった新型肺炎(SARS)の影響で激減した海外からの観光客を呼び戻す狙いがある。さらに、・・首脳交流が中断している日中関係の改善へ弾みをつけたいとの思惑もある。」という記事が8月2日付の東京新聞のサイト(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20030802/mng_____kok_____002.shtml)に出ていました。
実は、日本から中国に来る際ビザが近々いらなくなる、という話を北京訪問中に中国側から聞かされ、当然既に日本でも報道されているのだろうと思いつつ、「むろん相互主義でしょうが、よくもまあ一部中国人の犯罪に手を焼いている日本政府がビザ撤廃に同意しましたね」と返事したことを覚えています。
この記事によれば、中国側の一方的な対日便宜供与の動きなのですね。驚きました。

それでは結論です。
コラム#135でご紹介した、人民大学関係者以外の主張、「中国の新執行部の対日政策は変わっていない・・」、は全く逆だということです。(なぜ彼らが、こんなことを「言わされている」のか、大変興味がわきます。)
彼らが私による日本の防衛政策の説明に同感の意を表したこと、時教授のような見解が既に中国政府の認知を得ていること、そして中国の新執行部による対日微笑外交に加えてビザの一方的撤廃とくれば、中国政府の対日政策が江沢民時代とは180度様変わりし、中国政府が積極的に日中提携をめざし始めたことは明らかでしょう。