太田述正コラム#5928(2012.12.26)
<日本の対韓・対中謝罪をめぐって(その1)>(2013.4.12公開)
1 始めに
 ちょっと前にこのトマス・U・バーガー(Thomas U Berger)へのメール・インタビュー記事↓
http://nation.time.com/2012/12/11/why-japan-is-still-not-sorry-enough/
(12月12日アクセス)を読んでから、いつか、この記事に登場する本である、バーガーによる、“War, Guilt and Politics After World War II.”の紹介を行おうと思っていたのですが、ネットで検索をかけてみたところ、全く見当たらず、このタイム誌記事に係る投稿群
http://www.japantoday.com/category/quote-of-the-day/view/japan-has-apologized-for-waging-aggressive-war-and-oppressing-its-neighbors-but-those-apologies-have-fumbling-and-awkward-and-often-been-undercut-by-revisionist-statements-from-senior-politicians
(12月26日アクセス)しか発見できませんでした。
 しかし、なかなか興味深いものがあるので、これらのさわりをご紹介したいと思います。
 検索してもう一つ見つけたのは、このタイム誌記事を紹介する自称大学教師たる日本人(?)のMikSさんの記事
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/2012-12-13
です。
 そこに、タイム誌記事の翻訳が載っていましたが、クレジットが入っておらず、MikSご自身、翻訳業もやっておられる
http://shin-nikki.blog.so-net.ne.jp/_pages/user/profile/index
ようなので、ご本人が訳されたと思います・・全訳なのでネットで公開していいのかしら?・・が、この訳をほとんどそのまま活用させていただいたことをお断りしておきます。
2 タイム誌の記事より
 「バーガーはボストン大学の国際関係の助教授で日本にも頻繁に足を運んでいる研究者だ。彼は現在慶應大学で講義を担当している。」(タイム)
 「私の母は、戦争中ドイツで暮らし、空襲を体験し多くの学友を失い、最終的には家を追われました。父はウィーン出身で、キリスト教徒ですがユダヤ系だったので、ナチスが1938年にオーストリアを併合した後、逃亡を余儀なくされました。」
→バーガーがこういう背景がある人物である、ということを頭に入れておいてください。
 「日本が近隣諸国に対して行っている醜い領土紛争は漁場に関わるものでも、海底に眠っている石油や天然ガスに関わるものでも、古くからある歴史的領有権に関わるものでもないことは、その紛争を熱心に見てきた者ならば知っていることだ。その紛争が関わっているのは、日本人が未だに――今もって――第二次世界大戦中やアジアでの長い植民地支配の時代に悪事を行ったことを認めようとしないことなのだ。・・・
 日本の半世紀におよぶ戦争と植民地拡大の時代(1945年に終わった)を通して、約二千万人が亡くなり数百万人が隷属状態に置かれ虐待された。」(タイム)
→タイム誌は、米国の平均的大衆並の歴史認識しか持っていないことが分かります。(太田)
 「日本は、しばしば信じられているよりもはるかに悔い改めてきたのです。・・・
 アメリカの読者は、アメリカ人が奴隷制度や人種差別の制度の遺産と折り合いをつけるのがどれほど難しかったかを思い出せばいいでしょう。日本に対する原爆の投下やフィリピンの反政府軍の虐殺などの問題は、今でもアメリカの政治家にとっては扱いにくい問題です――彼らがそうした問題をそもそも問題として意識しているとしての話ですが。
 問題は、中国や韓国では、和解を促進しようとする日本の努力を喜んで受け入れようという気持ちがなかったので、結果として、そうした努力は失敗に終わることが多かった、ということなのです。
 <要するに、>韓国人や中国人にも大きな責任<がある、ということです>。」
→最後のセンテンスの原文は ‘the Koreans and the Chinese bear a large share of the blame.’ ですが、ここは、私なら、「<要するに、>韓国人や中国人はより多く非難されなければならない<ということです>。」と訳すところですし、MikSさん的言い回しでも、「<要するに、>韓国人や中国人の方により大きな責任<がある、ということです>。」と訳さなければいけなかったのです。
 MikSさんの訳文と私の訳文とでは、ニュアンスの違いを超えるところの、バーガーの言いたい肝心のことを捻じ曲げたに等しい違いがあることがお分かりいただけるのではないでしょうか。(注1)
 (注1)’a large share’ であって、’a larger share’ でないのにどうして? という疑問を持たれた方は、以下の2つの例文をご覧いただきたい。
・Ashikaga Bank used to have a large market share as a financial intermediary in the northern part of the Kanto region, Tochigi Prefecture, in particular.
足利銀行が北関東、就中、栃木県においては大変なシェアを持って金融仲介を行ってきたわけであります。
・Japan’s investment in Chinese government bonds using its foreign reserves will start with a limited amount within the approved quota for the time being, and so it is not the case that the credibility of the US dollar, which constitutes a large share of foreign reserves for both Japan and China, is in question.
日本の外貨準備による中国国債への投資は承認された枠の中でも当面限られた金額から開始する予定であり、日中両国において外貨準備の太宗を占める米国ドルへの信認に問題があるということでは決してない。
http://ejje.weblio.jp/sentence/content/+a+large+share+of
 ただし、誤解がないように申し上げておきますが、MikSさんの訳文は、全般的には良くできています。(太田)
 「インドネシアやベトナムやその他の国でも多くの人が亡くなりました。しかし、東南アジアの国々は概して進んで日本人を許そうとしました。日本人が韓国にいた期間よりも台湾にいた期間の方が長かったのですが、台湾の反日的な態度は弱いか存在しないも同然です。
 私が思うに、大きな相違点は、そうした国々の近代的な国家意識がどのように形成されてきたかという点にあります。中国や韓国の国家意識は、多くの点で、日本に対抗する形で規定されました。それとは対照的に、東南アジアのほとんどの国の国家的アイデンティティは、植民地時代の旧宗主国に対抗する形で規定されました。インドネシアでは、焦点はオランダにあり、マレーシアでは英国、フィリピンでは米国でした。この点でも台湾は示唆に富んでいます。民主主義的な運動がその矛先を向けたのは本土の中国に対して(まずは国民党の中国に対して、最近では中華人民共和国の中国に対して)でしたからね。」
 「日本と韓国の関係改善の絶好のチャンスはありますよ。両国には共通の利害がたくさんあります。共通の価値観をたくさん共有しています。どちらも立派で民主主義的な社会です。過去とは対照的に、日本人は韓国人に敬意を払い賞賛するようにさえなったし、韓国人も自信を取り戻しかつての抑圧的支配者に対してもっと寛大になろうという余裕がでてきましたからね。」
→最初のセンテンスの原文は ‘There is a genuine chance for an improved relationship between Japan and South Korea.’ ですが、ここは、私が(いささかくだけて)訳すならば、「日本と韓国の関係が改善される可能性はマジありますよ」あたりですね。まあ、これはニュアンスの違いに毛が生えた程度の話ですが・・。(太田)
 「中国人に関して言えば、利益のギャップだけでなく認識のギャップがものすごく大きいので和解の追求の余地はないでしょうし、被害を食い止めるという非常に限られた戦略でさえも不可能かもしれません。・・・
 <中国で>さらに暴動が起こり、外交的に危機的な状態になり、紛争中の領土の周辺で準軍事的な組織を巻き込む衝突が起こる可能性は非常に高いのです。」
→「被害を食い止めるという非常に限られた戦略でさえも」の原文は ‘even a more limited strategy of damage control’ ですが、「非常に」は「、より」でしょう。(太田)
(続く)