太田述正コラム#0185 (2003.11.9)
<今次総選挙と日本の政治(続)>

日本の政治は世界の最先端を走っており、それは日本社会の先進性の反映である、という趣旨に近いことを指摘しているのが米国マサーチュセット工科大学(MIT)のサイトで発見した論考(http://ocw.mit.edu/NR/rdonlyres/16075D49-833E-444C-8236-7EBB7BDC9298/0/japanvotes1.pdf(10月7日アクセス)。筆者不詳)です。
この論考の筆者は、「<日本の>有権者は、彼らの票の見返りに彼ら個人または<彼らの属する>コミュニティーに具体的な財・サービスの提供を受ける。これは日本の有権者が、合理的な意思決定者(actor)として、政治システムを通じて経済的効用(benefit)を追求しているということだろう。というのは日本の有権者は、現代におけるあらゆる議会制民主主義国の中で最も教育程度が高く情報も豊富に与えられている有権者であるからだ。」と指摘します。
この筆者は、上述した、他に例を見ない日本特有の、経済的観点から見て合理的な有権者による選択行動は、日本の社会構成原理であるパトロン??クライアント関係(Nobutaka Ike(コラム#166参照)(注2)。この筆者は中根千枝のタテ社会論も同趣旨の理論とみなしている)と互に補強しあうことによって、日本に(私に言わせれば世界で最初に)もたらされた、とも指摘しています。

(注2):Nobutaka Ike, Japanese Politics: Patron-Client Democracy, Alfred A.Knopf, 1972参照。Ikeやこの筆者は、パトロン??クライアント関係が社会構成原理となったところに日本文明のユニークさを見出しているが、私はパトロン??クライアント関係を「多傘分散メカニズム」と言い換えつつ、その普遍性を拙稿「「日本型経済体制」論」(「日本の産業5 産業社会と日本人」筑摩書房1980年6月 に収録)で主張した。

日本の政治すなわち日本の権益擁護政治が、実は世界の最先端を走っている、と180度視点を切り替えてみると、日本の政治が結構機能していることに気づきます。
今次選挙にあたって、既得権益集団である特定郵便局関係団体や農業関係団体、更には医師会等の影響力の低下に伴い、自民党とこれら集団との関係に隙間風が吹き始めており(http://news.msn.co.jp/newsarticle.armx?id=621493。11月7日アクセス)、また同じく既得権益集団である連合の影響力低下に伴い、民主党と連合との関係が疎遠になりつつある(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20031106ia24.htm。11月7日)一方で自民党、民主党、公明党が年金問題を前面に打ち出し始めたことは、年金生活者からなる新興権益集団の形成を見越してその奪い合いが始まっていることを物語っています。
また、伝統的に自民党を支持してきた各種宗教団体についても、自民党の側からの厳しい選別が始まっています(http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20031106ia23.htm。11月7日アクセス)。
 つまり、日本の権益擁護政治が社会の発展的変化を阻害している、というのは神話に過ぎず、社会の変化に伴う権益集団の盛衰、すなわち集票力の盛衰は、タイムラグを伴いつつも、政党と当該集団との関係の濃淡をもたらし、当該集団の政治から受ける財・サービスの増減をもたらしてきたのであり、政治は社会の急激な変化を緩和しつつも最終的にはその変化を受け入れて来たのです。
 我々は日本の政治に自信と誇りを持つ必要があります。

3 日本の政治の残された課題

 それでは、日本の政治に残された課題は何でしょうか。
 一つには、権益擁護政治は、権益集団間の利害調整を長時間かけて実施していくのであり、即断即決が求められる危機管理が不得手だということです。この短所を何とか補う必要があります。
 もう一つは、権益擁護政治は、個別的な経済的利害を調整する政治であり、公共財、特に純粋な公共財である安全保障への対処が不得手だということです。
 もっとも日本は、吉田ドクトリンという米国の保護国になりさがる国家戦略の下で安全保障を米国に丸投げすることによって、安全保障問題(注3)を直視することを避けてきました。

 (注3)広義の安全保障問題には、少子化(及びこれと裏腹の、移民受け入れ)や女子「差別」問題、等も含まれる。

しかし、日本の国益が米国のそれとは必ずしも同じでない、と考えるのであれば、吉田ドクトリンを放擲し、安全保障問題を直視し、これと取り組む以外にありません。
 その上で、安全保障への対処が不得手、という短所を何とかする、ということになります。
 幸い、危機管理と安全保障に関する短所を補う方法については、共通する部分が多いと思います。

 このような観点からは、私としては、(民主党が外交・安保問題についての本格的議論をいまだに避けていることに大きな不満を抱きつつも、)やはり自民党を中心とする与党連合より民主党の方に期待せざるを得ません。
 民主党が政権をとれば、新旧権益擁護集団の交替が促進されるからです。
また、外交・安全保障に関心を持つ議員や候補者は、質量とも民主党が自民党を始めとする与党連合を上回っているほか、民主党は今回の「マニフェスト」でも抜本的な地方分権の推進を謳っており、これが実現すれば、中央の政治においてはおのずから外交・安全保障問題がクローズアップされてくるはずだからです。

(完)

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