太田述正コラム#6332(2013.7.16)
<日進月歩の人間科学(続x33)(その1)>(2013.10.31公開)
1 始めに
 一週間前、欧米では郷愁に相当する言葉が病名(=homesickness=nostalgia)であって、かつては、かかる病名すら存在しなかった、ということを、NYタイムスのコラム
http://www.nytimes.com/2013/07/09/science/what-is-nostalgia-good-for-quite-a-bit-research-shows.html?hp&_r=0&pagewanted=all
を読んで知って、私は衝撃を受けました。(注1)
 (注1)ホームシック(homesickness)という英語は、は欧州大陸のバロック期の医学でつくられた言葉たるノスタルジア(nostalgia)の直訳である。
http://en.wikipedia.org/wiki/Homesickness 
 つまり、欧米の人々は、通常、郷愁を感じることがない、というわけです。
 世界各地で居住したり、世界各地を訪問したりした経験を持ち、文明、文化の違いに強い関心を持ち、また、コラムでもそういった分野のテーマをしばしば取り上げて来た私であるにもかかわらず、そんなことさえ知らなかったことに衝撃を受けたのです。
 では、さっそく、この記事のさわりをご紹介し、私のコメントを付すことにしましょう。
2 郷愁「病」について
 「郷愁は、もともとは、スイスの医師のヨハネス・ホッファー(Johannes Hoffer)によって、1688年につくられたものであり、それは、「要は悪魔的理由による神経性の(neurological)病(disease)」と描写されたものだ。
 軍医達は、外国にいるスイスの傭兵達の間でそれが良く見られていたことから、アルプスにおける間断のない牛鈴(cowbell)の音によって兵士達の鼓膜と脳細胞が、昔、損傷を受けたためである、と想像を逞しく(speculate)した。
 19世紀と20世紀においては、郷愁は、「移民精神病」、「鬱(melancholia)」の一形態、或いは、「精神的抑圧性強迫障害(mentally repressive compulsive disorder)」といった具合に、様々に分類された。・・・
 <しかし、郷愁は、人に>帰属と提携(belonging and affiliation)に係る、より強い感情を呼び起こし、<その人は、>他者達に対してより寛大になる<ことが分かった>。
→郷愁は、人間主義的感情を呼び起こす、というわけです。(太田)
 ・・・郷愁は、孤独、退屈、そして不安を中和する(counteract)ことが示されたのだ。
 それは、人々をして、見知らぬ人々により寛大にさせ、部外者達(outsiders)により寛容にさせるというわけだ。
 <実際、>郷愁的諸思い出を共にしている時、カップルはより緊密になり、より幸福そうに見える。
 <また、>寒い日々、ないし寒い部屋部屋では、人々は、郷愁を、文字通り暖かさを感じるために用いる。・・・
→人間主義は、心身を共に温めてくれるようですね。ということは、熱い地域の人々は人間主義を敬遠する?(太田)
 郷愁を催させる手っ取り早い方法は、音楽を通じる方法だ。
 <だから、>音楽は、研究者達にとってお好みの道具となっている。
 オランダでの実験で、ティルブルグ(Tilburg) 大学のJ.J.M.ヴィンゲルヘツ(Vingerhoets)・・・とその同僚達は、歌を聴くことは、人々を郷愁的にするだけでなく、物理的に暖かくすることを発見した。・・・
 郷愁の感覚は、寒い日々においてより多く催される。
 研究者達は、(華氏68度の)涼しい部屋の中では、人々は、暖かい部屋の中の人々よりも郷愁を催し易いことも発見した。・・・
 「仮にあなたが、少なくとも主観的に、生理学的な慰安を維持するために記憶を動員(recruit)できれば、それは、驚嘆すべき、かつ複雑なる適応<手段>たりうる」、と<この研究者達の一人>は言う。
 「それは、あなたをして、食糧と避難所をより長く探すことを可能にすることで、<あなたの>生存に貢献することができよう」、と。・・・
 最初に、実験を行った人々は、若干の人々に対して、過去からの諸ヒットソングを聞かせて郷愁を催させ、その上で、彼らに自分達のお好みの歌の歌詞を読ませた。
 そうしたところ、それらの人々は、制御集団(control group)に比べて、より、自分達が「愛されており」、「人生は生きるに値する」、と言うようになった。
 次いで、この研究者達は、実存的不安(existential angst)を催させようとする、もう一つの方向において、この効果を検証した。
 彼らは、若干の人々を、仮想のオックスフォードの哲学者で、いかなる一人の人間によるこの世界への貢献も、「無価値で痛ましく無益である(paltry, pathetic and pointless)」ので、人生は無意味である、と記した論考を読ませた。
 この論考を読まされた人々は、恐らくサルトル的絶望を撃退するためだろうが、より郷愁を催すに至った。
 更に、若干の人々は、この寒ーい論考を読む前に郷愁を催させられたが、彼らはこの論考について、<予め郷愁を催させられなかった人々>より納得しなかった。
 記憶の小道を短時間そぞろ歩きすることは、明らかに、<人々を、>人生をより価値のあるものと見るようにし向けたのだ。・・・
 <この>研究の若干は、規則正しく郷愁を催している人々は、死に係る心配によりうまく対処できることを<も>示している。・・・
 郷愁の水準は、若い成人達の間で高い傾向があり、中年では下がるけれど、老年の間は再び上昇する。」
→音楽の人間主義化効果が裏付けられましたね。(太田)
(続く)