太田述正コラム#6449(2013.9.13)
<啓蒙主義と人間主義(その3)>(2013.12.29公開)
 「気が付いていないかもしれないが、18世紀の欧州における、いわゆる「啓蒙主義」を巡って小さな戦争が猛威を振るってきた。
 啓蒙主義の擁護者達にとっては、それは、言論の自由、<宗教的>寛容、人権、及び民主主義的諸原則といった、我々が高度に価値あるものとする事柄群の多くを我々に与えた。
 <啓蒙主義の>批判者達にとっては、それは、帝国主義、人種主義、ファシズム、ナチズム、そしてスターリン主義、及びそれらに加えて、双子の悪たる自由市場イデオロギーと厭うべき「ネオコン」を我々に与えたのだ。・・・
 <啓蒙主義批判>キャンペーンは、1940年代に始まった。
 二人のドイツからの急進的亡命者達である、マックス・ホルクハイマーとテオドール・アドルノが啓蒙主義を近代の政治悪の究極の源泉である、と弾劾したのだ。
 啓蒙主義の、人は純粋理性でもって生きうる、との見当違いの信条は最悪の類の専制的教条主義をもたらした、と。
 この二人の思想家にとっては、18世紀の啓蒙主義の古典的唱道者(exponent)こそ、性の世界での「合理主義的(rational)」諸実験を通して個人的暴虐性を新しい水準に到達されたところの、サド侯爵(Marquis de Sade)<(注11)(コラム#3168)>なのだ。
 (注11)1740~1814年。「フランス・・・の貴族、小説家。・・・<彼の小説は、>、リベラル思想に裏打ちされた背徳的な思弁小説であり、エロティシズム、徹底した無神論、キリスト教の権威を超越した思想を描いた・・・。」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%AB%E3%82%AD%E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%89
 より最近においては、他の著述家達が、理性に対する置き違いの信仰(faith)は現代史における最も破壊的な力であり続けた、という観念を作り上げてきた。
 それは、「合理主義的」優生学、「科学的」共産主義、その他を我々に与えた、と。
 カトリック哲学者のアラスデア・マッキンタイアは、ある影響力のある本の中で、「徳」に関する伝統的諸観念が、普遍的理性の「啓蒙主義プロジェクト」によって脇に押しやられ、その結果、我々全員が貧しくなってしまった、と主張した。」(E)
 (5)イスラエルの啓蒙主義論
 「しかし、この10年というもの、啓蒙主義についての伝統的諸説明は、傑出した三部作を引っ提げた、歴史学者のジョナサン・イスラエル(Jonathan Israel)<(注12)>による挑戦を受けてきた。
 (注12)1946年~。英国のオランダ史、啓蒙主義時代、欧州のユダヤ問題の著述家。ケンブリッジ大学士、オックスフォード大博士。ロンドン大学等を経て現在プリンストン大教授。
http://en.wikipedia.org/wiki/Jonathan_Israel
 イスラエルは、スコラ主義に対する代替物を打ち立てた鍵となる人物を、ホッブスではなく、バールーフ・スピノザ(Baruch Spinoza)<(注13)(コラム#1364)>であると見る。
 (注13)1632~77年。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%95%E3%83%BB%E3%83%87%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%83%94%E3%83%8E%E3%82%B6
 啓蒙主義には主流と急進の二つがあった、とイスラエルは執拗に主張する。
 カント、ヴォルテール、ヒュームのような主流の思想家達は、旧秩序との妥協を受け入れ、自由と民主主義の諸観念を余り遠くまで押し出すことには警戒心を抱いていた。
 <他方、>急進的啓蒙主義<者達>は、スピノザから霊感を抽き出し、「既存の諸構造を一掃することを追求し」、政治と道徳性は「急進的平等主義」に立脚しなければならない、と執拗に主張した。・・・」(D)
 「<この>「急進的啓蒙主義」・・・こそ、フェミニズムや同性愛者の諸権利を含む、近代の進歩主義者が当然視している観念の殆んど全ての起源である<、というのだ。>」(E)
 「<啓蒙主義に関する>このような異なった諸説明は、我々が啓蒙主義をどう捉える(frame)かが、歴史書群をはるかに超える重要性を持っていることを、改めて示している。」(D)
 「<この本>は、啓蒙主義に与する側に明確に立っている。
 啓蒙主義の諸前提条件が生まれず、その結果、ヴォルテール、ヒューム、ディドロ、ルソー、カント、その他が何も書かなかったと想像してみよ、とパグデンは我々に尋ねる。
 とりわけ、科学、哲学、そして宗教の領域において、独創的な思想が殆んどないところの、化石化した社会に我々は現在住んでいることだろう、と。
 こんなことはありえないシナリオだって?
 しかし、これこそ、自身の正しい啓蒙主義を持ったことのないイスラム世界で、まさに実際に起こったことなのだ。」(E)
(続く)