太田述正コラム#0244(2004.1.30)
<イラク派遣自衛隊をめぐる法的諸問題(その3)>

 (コラム#243に微修正を施してあります。((2)の見出しを含む。)ホームページ(http://www.ohtan.net)の時事コラム欄でお確かめください。なお、コラム#242に関してですが、沈黙していたロサンゼルスタイムズが29日、ついにパウエル訪露をセンセーショナルにhttp://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-rusdem29jan29,1,3831273.story?coll=la-headlines-worldで取り上げました。)

処罰されるケースについても、現地において迅速に処罰できないことは、やはり部隊規律維持の観点から問題です。
軍法、軍法会議の不存在は、今後とも自衛隊が海外「戦場」に派遣されて行くのだとすれば、いずれ放置できなくなることでしょう。

軍律、軍律法廷についても、「軍隊」ではなく、海外「派兵」もできないとされてきた自衛隊にとっては全く無縁の存在だと考えられてきましたが、そろそろ日本政府は本格的な勉強を始めた方がよさそうです。
なぜなら、国内においても、外国の私服の工作員が多数潜入してきて全国各地で自衛隊等に対してスパイ活動を行ったりテロ攻撃をかけてきたような場合を想定すれば、軍律法廷があった方がよさそうですし、今度のイラク派遣においてすら、地方自治体が存在しているのか否かすら定かでない・・サマワ市評議会の存否をめぐって国会が紛糾した(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20040129i515.htm。1月30日アクセス)のはご記憶のことと思います・・以上、自衛隊に対してスパイ活動を行ったりテロ攻撃をしかけてきたりした「犯人」をイラクの地方官憲に引き渡すだけで事足れりとすることが、適切であるとも思えないからです。さりとて、いちいち米軍等に「犯人」を引き渡すのもいたずらに米軍等の負担を大きくしてしまいます。
ところで、この種「犯人」を自衛隊の部隊が一時的に拘留する必要が生じた場合にあっても、これまでやはり政府がさぼっていて、捕虜の取り扱いに関する法律を制定していなかったため、派遣部隊には「犯人」を拘留する権限が与えられていません。そこで、政府が泥縄式に捕虜の取り扱いに関する法律案をつくり、今国会に上程される運びになったということを付言しておきます(「不測の事態 どう対応」(日本経済新聞2004年1月17日朝刊)。

イ その他の法的不具合
 このほか、目が点になるような話に事欠きません。

 派遣部隊がイラクの「非戦闘地域」(イラク特措法)の、しかも政府の国会答弁によれば、「危険のない」地域でのみで活動することになっており、その地域に戦闘が及ぶようなことがあれば、避難するというタテマエになっていることはご承知の通りです。

 しかし、万一本当に避難しなければならない事態になった場合は、「敵」が現れる前にできるだけ早く逐電しなければなりません。ぐずぐずしていて「敵」に遭遇してしまい、正当防衛や緊急避難の範囲で防戦しながら避難したり、「敵」に包囲をされて立ち往生するような羽目に陥れば悪夢が待っているからです。唯一の頼みの綱である米軍等から弾薬等を補給してもらうことさえ憲法違反ゆえ許されないという悪夢が。 
それはこういうことです。
日米両政府間で日米物品役務相互提供協定(ACSA)が、これも日本政府がさぼっていたため、遅ればせながら1996年に締結されました。
このACSAが適用されるのは、日本が平時であるところの、共同訓練、国連平和維持活動(PKO)、人道的な国際救援活動、周辺事態、の四つの場合だけであり、日本が有事の場合は適用外です。有事に米軍と自衛隊が物品・役務を相互に融通しあうことは、両者が一体となって行動するということであり、集団的自衛権行使の禁止に引っかかるからです。いわんや、イラクで戦闘が起こったというような海外有事においてACSAを適用することはできません。
政府は昨年12月下旬に米国政府と、イラク戦後統治の中核を担う米中央軍と陸・海・空三自衛隊との間で、ACSAに基づき、物品及び役務を相互に提供するための詳細な取り決めを締結しましたが、これはあくまでもイラクへの今次自衛隊派遣が「人道的な国際救援活動」だ、という前提です。
(以上、http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20040118it01.htm(1月18日アクセス)による。)
そこで、米軍が戦闘行動を行いながら自衛隊に弾薬等を補給しようとしても、それでは自衛隊が米軍と一体になって戦闘行動に従事していることになりかねないので、現行のACSAの射程外の話となり、憲法違反の懼れが出てくる、というわけです。
なお、これは相手が米軍である場合の話であり、米軍以外のオランダ軍等が相手である場合は、オランダ政府等と日本政府との間でACSAに相当する取り決めが締結されていないため、平時、有事を問わず、一切お互いに物品・役務を融通しあえないことは言うまでもありません。

 また、やはり集団的自衛権行使の禁止から、外国軍の防護ができないということも困ったものです。オランダ軍に守ってもらうことはあっても、自衛隊はオランダ軍を守らないというのですから、何をかいわんやです。

3 総括

 自衛隊創設以来、いかに政府が吉田ドクトリンに忠実に、自衛隊を見かけだけの存在として維持し、放置してきたかがよく分かりますね。
 しかし、ここに来て、ポジ法規の話や臨時法規の話は、ようやく解消に向けて動き出しつつあるように感じられます。
 それ以外の話についても、解消するためには憲法改正が必要な軍法や軍律の問題を除いて、ことごとく、総理が政治的決断を行って、集団的自衛権に関する政府憲法解釈を変更し、集団的自衛権の行使ができるようにすれば解消できます。(いかに集団的自衛権に関する現行政府憲法解釈がばかげているかについては、拙著「防衛庁再生宣言」70??78頁参照。)
しかし、首相就任まで安全保障問題に全く関心がなかった小泉総理(コラム#226)に、この決断をくだす見識と勇気があるとは到底思えません。
 この決断ができないまま、自衛隊を戦時のイラクに派遣するような首相をいただく日本の不幸に、暗澹たる気持ちで一杯です。
 
(完)