太田述正コラム#7406(2015.1.5)
<河野仁『<玉砕>の軍隊、<生還>の軍隊』を読む(その13)>(2015.4.22公開)
「第二次世界大戦中に「精神病(psychosis)」と診断された兵士の発生率は「南太平洋戦線」でもっとも高く、1000人あたり「5.2人」という記録がある。
 もっとも精神病発症率が低いのは欧州戦線で「2.0」、中東・地中海、ビルマ戦線は「2.4」から「2.8」、太平洋戦線(南部以外)では「3.4」となって<いた。>・・・
 第二次大戦における精神障害の中で「戦争神経症」の占める割合は日本(21%)、ドイツ(23%)にくらべて米国は3倍も(63%)高かったと言われている。」(284~285)
⇒日本兵の精神病発症率や英印軍兵士のPTDS発症率も知りたかったところですが、それはともかく、同じ日本兵と戦ったというのに、PTSDの発症率は、ビルマ戦線の英印軍兵士・・インド兵はこの統計に含まれていないと考えたいところです・・に比べて、太平洋戦線(南部)・・米軍が苦戦した戦線・・での米軍兵士のPTDS発症率が異常に高いことは確かなようです。
 私の仮説はこうです。
 英軍兵士達は大英帝国の存立のためにも戦っていたところ、この点では、日本本国(英国とは違って、≒日本帝国)の存立に加えて対赤露抑止のためにも戦っていた日本軍兵士達に比べて遜色があったけれど、英軍兵士達は、ナチスドイツに対して、英本国の存立のためにも戦っていた・・それは私に言わせれば思い込みに基づく間違いなのですが、それはともかく・・ことから、総合的には、正戦意識において、日英間にそれほど差がなかったけれど、太平洋戦線(南部)における米軍兵士達は、米本国(同じく英国とは違って、≒米帝国)の存立のためにすら戦っていなかったので、正戦意識において、日本軍兵士に比べて、顕著に遜色があった。
 これが、日本軍兵士達はもとより、英軍兵士達に比してすら、(太平洋戦線(南部)の)米軍兵士達のPTSD発症率が顕著に高いことの原因である。
 それにしても、どうして、私以外に、本件に注目する人がいないのか、不思議でなりません。(太田)
 「恐怖心の克服は、どの米軍兵士にとっても戦場での適応における重要な課題であった。
 逆に、<日本軍兵士達のように、>「死」を前提とする兵士は、戦闘においては「腹のすわった」兵士であり、手ごわい敵となった。「すべての兵士が与えられた命令のために自己の命を犠牲にする覚悟があるなら、その軍隊は無敵だろう」と<米軍のある兵士>は言う。
 米軍の兵士たちは戦闘における軍紀の大切さをあらためて日本軍から学んだのだった。」(295)
 「<日本軍の>一兵士にとって、「バンザイ突撃」は、建物の屋上からの飛び降りや切腹、電車への飛び込みといった百パーセント確実な「自殺」ではない。
 あくまでも、成功の望みをかけた戦闘行為である。
 事実、数千人規模の「バンザイ突撃」では、かならず何人かは敵陣地への突入に成功している。
 「自殺的行為」ではあっても「自殺」ではない。
 一縷の望みをかけた「生き残る」ための手段が「バンザイ突撃」であった。」(297~298)
 「<しかし、実に、日本軍は、「生き残る」ための手段とは言えないところの、>「玉砕戦」<も、後に>・・・太平洋の島々で・・・幾多<も>・・・繰り返<した>・・・のである。
 文字通り、通常では不可能なことが現実に起きたということ・・・<だ。>
 軍事的合理性を極限まで追求すれば、「最後の一兵まで」戦うことができる軍隊が理想の軍隊である。
 その理想追求の帰結が「玉砕する軍隊」、あるいは「玉砕できる軍隊」なのである。
 「死を恐れない軍隊」は、誰にとっても相手にしたくない敵である。
 それが日本軍だった。」(299)(注12)
 (注12)ほぼ同じことが、特攻についてもあてはまることに注意。
 「「捕虜となることの禁止」は「攻撃」へと兵士を動機づけるために必要な手段であった。
 捕虜となる選択肢をあたえないことが「玉砕」確立の第一歩である。」(303)
 「ガダルカナル戦で日本軍の軽機関銃による顔面への貫通銃創によって負傷した後、ウェストポイント陸軍士官学校を卒業し、朝鮮戦争、ベトナム戦争を経験した<ある米軍>准将は、これまで対戦した相手の中では「日本兵がベストだった」と語る。
 規律と、誇りと、歩兵の精神(スピリット)が、日本兵をとんでもなく素晴らしい兵士にしたのだと思う」と述懐し、できることなら「日本兵の部隊を指揮してみたいもんだ。ただし、日本的なやり方ではなく、私自身のやり方でね」と老将は語った。
 「米軍兵士をあそこまで鍛えられるかどうか、私にはわからないな」と呟いた。」(325)
 
⇒このあたりの河野の記述は、あたかも、彼がインタビューした旧日本兵達が彼に憑依したかのような印象を受けます。
 私は、ずっと以前、「米国の計量戦史学者のデュプイ(Trevor Nevitt Dupuy)は、中世以来の世界の主要国兵士が参加したほぼすべての戦闘を計量的に分析した結果、火力点数の違いをならせば、つまりは武器等の条件を同じにしてみれば、ドイツ人兵士が世界で最も強いことを明らかにした。イギリス人兵士の強さはそれに次ぐ(典拠失念)」(コラム#426)と記したところですが、これは、将校や下士官も含めた評価であるところ、そもそも、デュプイがまともに明治維新から第二次世界大戦にかけての日本軍の強さを評価していない可能性も否定できず、ひょっとしたら、日本兵の強さは、世界一なのかもしれません。
 いずれにせよ、(将校や下士官を除くヒラ)兵士の強さにおいて、日本兵達が世界最強であったことは間違いない、と言えそうです。
 我々は、このことを誇りに思うべきでしょう。(太田)
(続く)