太田述正コラム#7904(2015.9.11)
<米国人の黙示録的思考(その12)>(2015.12.27公開)
 (8)プーチン
 「・・・プーチンは、福音主義者達の啓示的諸見解に新しい燃料をくべている。
 このロシアの指導者が、より予想困難かつ攻撃的になればなるほど、若干の福音主義者達は、イエスの再臨は切迫している、と情熱的に説教する。
 彼によるところの、イランに武器を与えるかもしれないとの示唆の一方で、ウクライナにおける大胆不敵な大志と平和の諸申し入れの混淆物、は信仰深き人々をして、この世界が、黙示録で予言されたところの、啓示に向かって傾きつつあることを想起させる。
 要は、使徒のパウロが、神の諸敵が平和を唱えた時には、「突然の破壊が到来するであろう」ことを予言していたのだ。
 ロシアは、長い期間、福音主義の関心の対象であり続けてきた。
 南北戦争の少し後で、ジョン・ネルソン・ダービー(John Nelson Darby)<(注40)>というアイルランド人の説教師が米国人達に、長く休止状態になったところの、キリスト教の啓示的伝統をを再紹介した。
 (注40)1800~82年。イギリス系アイルランド人たる聖書教師。ロンドン生まれでパブリックスクールのウェストミンスター校、ダブリンのトリニティ・カレッジ卒業後、一旦は弁護士を目指すが翻意し、アイルランドで英国教会の牧師補佐(deacon)になるも、後に「国教会制度、教職制に疑問を持ち、国家と宗教の分離を主張して、国教会の牧師を辞任し・・・プリマス・ブラザレンというグループを組織した。」
https://en.wikipedia.org/wiki/John_Nelson_Darby
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%80%E3%83%BC%E3%83%93
 「ディスペンセーション主義(Dispensation, Dispensationalism)<とは、>神の人類に対する取り扱いの歴史(救済史)が、七つの時期に分割されるとする神学」[だが、かかる聖書解釈を打ち出したのがダービーだ。]彼は再臨が二つの段階からなると考えた。第一は、・・・患難期が地上を荒廃させる前に、<敬虔なキリスト教徒達>が携挙されるという説。(患難前携挙説)第二段階は、患難期の後で、キリストは<敬虔なキリスト教徒達>と一緒に見える状態で地上に現れ、彼らと共に支配されるという考えである。・・・南北戦争以降の<米国>では、ディスペンセーションの考え方が急速に広まっていった。ブレザレンの伝道者<達>・・・が推進した。・・・
 なお、ディスペンセーション主義にとって千年期前再臨<(前千年王国)>説は不可欠の要素であるが、前千年期前再臨説がディスペンセーションに必然的に結びつくわけではない」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%83%B3%E3%82%BB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%B3%E4%B8%BB%E7%BE%A9 ←誤り多し。
https://en.wikipedia.org/wiki/Dispensationalism ([]内)
⇒まともな大学を出ていても、まだキリスト教原理主義者たりえた19世紀央に、イギリスで起こった前千年王国説の復活が、大西洋を渡って、米国の無学歴者達が率いるところの、前千年王国説的福音主義運動を引き起こした、ということであったわけです。
 (英国教に飽き足らなかった迷信深い連中、及び、一発屋達、という)イギリス人の屑達(それぞれ、米北部人、米南部人選良となる)、及び、スコッチ・アイリッシュの荒くれ者達(米南部人大衆となる)が、英領北米植民地人、ひいては米国人の核心部分を構成することとなったところ、それから200年ほど遅れて、ようやくのことで英国教に飽き足らなくなったところの、おくてのイギリス人たるダービーが、その怪しげな聖書解釈を通じて復活させた前千年王国説によって、愚かな米南部人大衆等が洗脳されるに至った、といったところでしょうか。(太田)
 ダービーは、終末期には、一連の諸戦争がハルマゲドンの戦いでもって頂点に達する、と教えた。
 その際、イエス・キリストは、悪魔の初期の代理たる、反キリストと呼ばれる全球的政治指導者と対決することだろう、と。
 しかし、反キリストが世界支配を達成するためには、彼は競争相手たる悪魔的諸帝国を打ち負かさなければならない。
 ダービーによれば、その最も強力なものは、ロシアなのだ。
 1909年に、オックスフォード大学出版会は同出版会の北米における最初のベストセラー本である、『スコフィールド参照聖書(Scofield Reference Bible)』を出版した。
 この本の編集者である、C.I,スコフィールド(C. I. Scofield)<(注41)>という名前のならず者転じてキリスト教原理主義は、ダービーの見解を普及させた。
 (注41)サイラス・インガスン・スコフィールド(Cyrus Ingerson Scofield。1843~1921年)。「牧師・・・カンザス州議員、カンザス州検事。・・・1909年 ディスペンセーション主義の聖書解釈法を取り入れた引照、略注をつけたThe Scofield Bibleを出版。ディスペンセーション主義の普及に貢献した。」[無学歴]
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%B9%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89 ←誤りあり。
https://en.wikipedia.org/wiki/C._I._Scofield ([]内)
 彼は、南軍から脱走しているが、それをもって、若年期にならず者(scoundrel)であった、ということにはならないのでは?
 スコフィールドは、ロシアは、エゼキエル書(book of Ezekiel)で予想されたところの、終末期の大帝国になるだろう、と何百万人もの読者達に教えた(instructed)。
 ボルシェヴィキ革命とスターリンの興隆は、これらの諸見解を補強した。
 冷戦もまた・・。
 ビリー・グラハムのような福音主義的黙示信者達(apocalypticists)が、米国の最も甲高い冷戦の戦士達であったことは、偶然ではないのだ。
 彼らは、ロシアの「神無き共産主義」・・反キリストのそれによってのみ超えられるところの戦慄(horror)・・への堕落(descent)の到来を、聖書は予見していた(foretold)、と信じた。
⇒ダービーが、ロシアを反キリスト率いる悪魔的帝国と見たことの背景には、当時の英国が、ロシアとユーラシア大陸全域においてグレートゲームを戦っていたことがある、と思われます。
 日露戦争までは、米国の指導層も、どこまで、前千年王国説の影響を受けていたかはともかくとして、ロシアを少なくとも英国と並ぶ潜在敵国と見ていました。(典拠省略)
 ところが、第一次世界大戦以降、米国の指導層、就中民主党系の指導層たるリベラルキリスト教徒達は、かかるロシア観を180度転倒させ、スターリン体制に対して宥和政策で臨んだ挙句、同体制と同盟関係に入ってしまうわけです。
 これは、米国の福音主義者達が多い大衆にとっては本来耐え難いことであったはずであり、現に第二次世界大戦後、彼らが大声を上げたことも背中を押す形で、米国は対ソ冷戦に入ることになります。
 第二次世界大戦の時の、このような著しい逸脱は、当時の米国の指導層も大衆も、押しなべて、キリスト教徒たる強い人種主義者であったことから、日本の真珠湾攻撃の形での対米開戦によって、一瞬にして、彼らの間で、非キリスト教の有色人種国家である日本を叩かざるべからず、というコンセンサスが成立したからなのです。
 以前から指摘していることですが、米国以外の世界の大部分の人々にとってまことに嘆かわしいことに、米国の無知な福音主義者達は、ぶれることなく、ロシアに対して、(本件に関してはまぐれ当たり的に「まとも」であるところの)同じ姿勢を一貫して取り続けたのに対し、米国のリベラルキリスト教徒達は、両極端にぶれまくって現在に至っている、というわけです。
 そういったことが、ロシアに対する姿勢にとどまらないことは、既に太田コラムの読者の皆さんはよくご承知のことと思います。(太田)
(続く)