太田述正コラム#7972(2015.10.15)
<キリスト教の天使と悪魔(その7)>(2016.1.30公開)
 英欽定訳聖書(English Authorised Version of the Bible)の中では、ケルビムは、ややぎこちなく、(imで終わっていることで既に複数なのに、やや、<更にそれに’s’を付けた>「諸基準群(criterias)」みたいに)ケルビム達(cherubims=ケルブ達達)と呼ばれた。
 しかし、他の欧州の諸言語においてそうであったように、中世の形においては、英語ではそれは長くチェルビン(cherubin)だった。
 そこから、我々に、フィガロの結婚(Marriage of Figaro)<(注40)(コラム#3704、5580)>の中の小姓(page)のケルビーノ(Cherubino)という配役を我々に与えてくれた。
 (注40)「モーツァルトが1786年に作曲したオペラ作品」に登場する、(主人公フィガロが仕えるご主人たる)「アルマヴィーヴァ・・・伯爵の小姓<で>どんな女にでも恋してしまう思春期の少年」がケルビーノ。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A3%E3%82%AC%E3%83%AD%E3%81%AE%E7%B5%90%E5%A9%9A
 その頃になると、ケルビムの一層奇妙な変貌が起こっていた。
 彼らは、初期においては、神から、知識(knowledge)に係る大いなる贈り物群を与えられた天使達である、と見られていた・・<例えば、>欧州史における最も影響力ある偽の著述家(author)であるところの、5世紀の偽ディオニュシオス・ホ・アレオパギテースはそう言った。
 こうして、彼らは、しばしば、諸胴体のない、有翼群の頭群として描写された。
 しかし、古典古代世界は、自身の発明であるところの、ダイモーン達、すなわち、ギリシャとローマの諸墓に描かれた、丸々と太った(chubby)有翼幼児達として表現された、スプライト達(sprites)<(注42)>を既に持っていたのだ。
 (注42)「スプライト・・・は、主に<欧州>の民間伝承における伝説の生物。妖精<(fairy)>の一種とされるが、時には亡霊のことを指す場合もある。また、風の精霊とされシルフと同一視されたり、水の精霊とされることも。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%88_(%E4%BC%9D%E8%AA%AC%E3%81%AE%E7%94%9F%E7%89%A9)
 妖精は、「<イギリス>、スコットランド、ウェールズ、アイルランド、ノルマンディー地方などの神話・伝承の精霊や超常的な存在<であって、>・・・キリスト教社会においては排除あるいは忘れ去られた崇拝や畏怖の対象であることが多<い。>・・・コティングリー妖精事件の後は、絵画や文学の作品中で羽をもつ非常に小さな人型の姿で登場することが多い。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A7%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%83%BC
 「コティングリー妖精事件(・・・The Case of the Cottingley Fairies)は、イギリスのブラッドフォード近くのコティングリー村に住む2人の従姉妹・・・が撮ったという妖精の写真の真偽をめぐって起きた論争や騒動のことをいう。この写真は2人による捏造であった。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%A6%96%E7%B2%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6
 ルネッサンスになると、これらの永遠に若いプット達(putti)<(注43)>は、古典古代時代のものから、まず、彫刻で、次いで、絵画で、模倣(copy)された。
 (注43)プット(putto)の複数形がputti。プットは、「丸々と太った裸の子供の像; しばしば翼のあるキューピッドの姿で描かれる」
http://ejje.weblio.jp/content/putto
 16世紀の最初の10年には、彼らは、新古典的なキリスト教の祭壇群で用いられた。
 例えば、ベンデデット・デ・ロヴェッツァーノ(Bendedetto de Rovezzano)<(注44)>がフィレンツェ・・今はワシントンにある・・で作られた浮き彫り(relief)がそうだが、二人の裸で翼のあるプット達が「諸王中の王にして諸主中の主(Rex regnum et dominus dominantium)」(黙示録(Revelation)19:16)<http://mymemory.translated.net/en/Latin/English/rex-regum-et-dominus-dominorum>と読める銘板を手に持っている。
 この二人の靨のある幼児達がアダムとイヴが楽園に再入園するのを妨げた、とはまず思えない。・・・」(B)
 (注44)本名Benedetto Grazzini。1474~1552?年。主としてフィレンツェで仕事をした建築家にして彫刻家。件の祭壇(ワシントンのナショナルギャラリー所蔵)を下掲で見ることができる。
https://en.wikipedia.org/wiki/Benedetto_Grazzini
3 終わりに代えて
 実は、このシリーズの中で、悪魔(サタン)や悪魔(デヴィル)と神義論(弁神論=theodicy)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E7%BE%A9%E8%AB%96
との関係が解明できるのではないか、と期待していたのですが、この期待は裏切られてしまいました。
 この、キリスト教と「悪」の問題については、他日、正面から取り上げられる機会があったらいいな、と思いつつ、本シリーズを終えることにします。
(完)