太田述正コラム#8172(2016.1.23)
<矢部宏治『日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのか』を読む(その3)>(2016.5.9公開)
 「「日米安保・法体系(上位)」>「日本国憲法・法体系(下位)」
という関係は、一般の人には見えにくいものの、きちんと明文化されている問題です。・・・
 しかし複雑なのは、さらにその上に、安保法体系にも明記されていない隠された法体系があるということです。
 それが「密約法体系」です。・・・
 これだけはとても日本国民の眼にはふれさせられない。
 そうした最高度に重要な合意事項を、交渉担当者間の秘密了解事項として、これまでずっとサインしてきたわけです。
 そうした密約の数々は、国際法上は条約と同じ効力をもっています。」(65)
⇒このくだりの全てが間違いですが、さしあたり、一番最後のセンテンスについて、「条約等は批准書とよばれる国家の同意や確認を示す文書を作成し、この文書の交換または寄託によって・・・効力が生じる」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%89%B9%E5%87%86
ところ、戦後日本では、国会での可決と天皇による公布を経ない条約等が効力を生じることはありえないこと、を指摘しておきましょう。(太田)
 「1960年の新安保条約を調印する直前に、岸政権の藤山外務大臣とマッカーサー駐日アメリカ大使し・・・がサインした「基地の権利に関する密約(基地権密約)」<は、>前出の秘密報告書と同じく、・・・新原昭治<(注4)>さんが発見され・・・た<ものです>。・・・
 (注4)「1931年福岡生まれ。1954年九州大学文学部卒業。元長崎放送記者、元日本共産党国際委員会責任者。現在、日本原水協専門委員など。」
http://www.min-iren.gr.jp/?p=6412
 「日本国における合衆国軍隊の使用のため日本国政府によって許与された施設および区域<・・すなわち、基地・・>内での合衆国の権利は、1960年1月19日にワシントンで調印された<日米地位>協定第3条1項の改定された文言のもとで、1952年2月28日に東京で調印された<日米行政>協定のもとで<と>変わることなく続く」(1960年1月6日)・・・
 つまり・・・米軍が基地の使用については占領期とほぼ同じ法的権利をもっていることが論理的に証明されるのです。」(69~70)
⇒この文中の「前出の秘密報告書」とは、「1957年2月14日、日本のアメリカ大使館から米国の国務省にあてて送られた秘密報告書です。・・・米軍の特権を定めた日米行政協定について、この秘密報告書は、「行政協定では、アメリカが占領中に持っていた軍事活動のための(略)権限と(略)権利を、アメリカのために保護している・・・(行政協定には)地域の主権と利益を侵害する数多くの補足的な取り決めが存在する」(67~68)という代物ですが、まず、米国務省の出先から本省への一種の公電なのですから、部外秘に決まっており、「秘密報告書」でもなんでもありませんし、日本政府との協定どころか、日本政府が全く関与していないのですから、いかなる意味でも日本政府を拘束するものではないので、こんなものを、かかる文脈で麗々しく引用した矢部の意図が理解できません。
 なお、私が前述したことに照らせば、この「報告書」の上記引用部分に限れば、わざわざ「報告」するに値しない当たり前の話です。
 さて、「基地の権利に関する密約」ですが、まことにおどろおどろしいタイトルを矢部(新原)はつけたものですが、地位協定に違背するような事項が書かれているわけではなく、単にその解釈・・しかもこれまた当たり前の解釈・・を念のために確認しただけのものなのですから、so what? てなものですよね。
 私なら、少なくとも、いわゆる、「在日米軍裁判権放棄密約」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E7%B1%B3%E8%BB%8D%E8%A3%81%E5%88%A4%E6%A8%A9%E6%94%BE%E6%A3%84%E5%AF%86%E7%B4%84%E4%BA%8B%E4%BB%B6
の方を持ち出したでしょうね。
 これは、「1953年に日本政府は在日米軍将兵の関与する刑事事件について、「重要な案件以外、また日本有事に際しては全面的に、日本側は裁判権を放棄する・・・<具体的には>起訴猶予にするよう」とする密約に合意した。正式には『行政協定第一七条を改正する一九五三年九月二十九日の議定書第三項・第五項に関連した、合同委員会裁判権分科委員会刑事部会日本側部会長の声明』である。アメリカ側代表は軍法務官事務所のアラン・トッド中佐、日本の部会長は津田實・法務省総務課長。」(上掲)というのですから、日本の国内法に必ずしも違反しているわけではありませんし、また、「重要な案件以外」が対象ではあるけれど、行政協定第17条の解釈の域を超えた、実質改正に等しいという見方もできないわけではないので、問題なしとしないですねえ。
 とはいえ、この話も含め、矢部の言うような、「「日米安保・法体系(上位)」<の>・・・さらにその上<の>安保法体系にも明記されていない隠された法体系」など、日本には存在しないし、およそ、存在できるはずがないのです。(太田)
 「米軍関係者は・・・在日米軍基地・・・からノーチェックで自由に日本に出入りしている。・・・
 だからそもそも日本政府は、現在、日本国内にどういうアメリカ人が何人いるか、まったく把握できていないのです。」(75)
⇒こんなことも、前述したことに照らせば、当たり前の話です。(太田)
 
(続く)