太田述正コラム#0382(2004.6.16)
<アブグレイブ虐待問題をめぐって(その8)>

 (本篇は、コラム#374の続きです。)

 さて、カルピンスキ准将の弁明を聞いてあきれるのは、そんな弁明は米国の敵国の将官には絶対に認められないのによく言うよ、と思うのが一つと、そんなに心配しなくても米軍は「温情」をもって彼女に臨むに決まっているのになぜ静かにしていないのか、と思うのがもう一つです。

 後者の方から始めましょう。
 米軍では、部下の不行跡について上官が軍法会議にかけられることはまれであり、たとえかけられた場合でも、その上官に意図的な職務怠慢(wilful dereliction of duty)があった場合にさえ、最高で6ヶ月間の懲役に処せられるだけです。
 米軍による最もひどい虐殺事件は300名もの一般住民が虐殺された1968年にベトナムで起きたミライ事件(My Lai massacre)ですが、この時、米軍内のリーダーシップの問題が指摘されたにもかかわらず、士官で処罰されたのはカレー(William Calley)中尉だけでした。
 しかもそのカレー中尉も、軍法会議で終身刑を科せられたにもかかわらず、カーター・ジョージア州知事(後の大統領)等の尽力で、わずか3年で出所しています(コラム#68)。
 1991年の海軍での大セクハラ事件(Tailhook incident。http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/navy/tailhook/91.html以下(6月16日アクセス))は、酔っぱらった航空機パイロット達が、女性の士官達へのセクハラ行為を含む性的乱暴狼藉に及んだというものですが、一人の提督を始めとする多数の士官達のキャリアを台無しにしてしまったものの、軍法会議にかけられた士官は一人もいませんでした。
 1996年の陸軍での強姦・姦淫事件(Aberdeen scandal。http://www.cnn.com/US/9612/06/aberdeen.arraign/(6月16日アクセス))は、三名の士官等がその地位を利用して性行為の強要に及んだケースであり、この結果陸軍は訓練マニュアルの改訂にまで追い込まれましたが、上官筋の四名の上級士官達は譴責を受けただけでした。
(以上、特に断っていない限り、http://news.ft.com/servlet/ContentServer?pagename=FT.com/StoryFT/FullStory&c=StoryFT&cid=1086445488144&p=1012571727102(6月8日アクセス)による。)

次に、前者についてです。

カルピンスキ准将は、イラクで3,400名近くの予備役憲兵部隊を指揮(コマンド=command)下においていましたが、アブグレイブはこれら予備役兵が管理し、看守役を務める16の刑務所及びその他の収容施設の一つでした。
虐待事件が起こった10Aという収容棟はアブグレイブの20いくつかある収容棟のうちの一つで、軍の諜報部隊の隷下(コントロール(=control)の下)に置かれていた収容棟の一つでした。
そこで准将は、これら10A等の収容棟は彼女の隷下の予備役憲兵の隷下にはなく、従って彼女はそこで起こったことに責任はない、と主張しているわけです。
(以上、http://www.nytimes.com/2004/05/02/international/middleeast/02ABUS.html(5月2日アクセス)による。)
しかし、そんな抗弁が通るのであれば、先の大戦の後、朝鮮人の帝国陸軍洪思翊中将(コラム#265でもちょっと登場した)は米軍によってジュネーブ条約違反を咎められて処刑されなかったでしょう。
洪中将は、南方方面軍総司令部兵站監部総監に補任されていましたが、変則的にフィリピンの第14方面軍(司令官山下奉文大将)の指揮下に置かれ、第14方面軍の兵站全般を所管しており、その中には捕虜収容所の管理も含まれていました。
日本の敗戦後洪中将は、指揮下にあった米軍捕虜の死亡等を伴う虐待事件の責任を問われて軍事裁判で絞首刑になったのですが、隷下にあった米軍捕虜に死亡者等はいなかったにもかからわず、指揮下にあっても隷下になかった米軍捕虜(注9)に死亡者等がいたことをもって責任を問われたのでした。
(以上、山本七平「洪思翊中将の処刑」文藝春秋1986年 9、190、199??203、218頁)

(注9)船で移送中の米軍捕虜や、部隊で労役に従事していた米軍捕虜。

とまれ、現在依然として、米軍はアブグレイブ虐待事件の責任問題について調査を継続しているとしており(http://www.nytimes.com/2004/06/06/international/middleeast/06ABUS.html?pagewanted=2&hp。6月6日アクセス)、カルピンスキ准将の責任を含め、米軍が最終的にいかなる結論を出すか、注目しようではありませんか。

(続く)