太田述正コラム#8232(2016.2.22)
<無神論の起源(その4)>(2016.6.8公開)
 しかし、仮にギリシャの宗教が大いなる道徳的や形而上学的諸問題について思案しなかったのだとして、・・・それでは、何のためにそれはあったのだろうか。
 著者は、個々の諸都市国家という地方レベル、及び、より広範な大ギリシャ性(greater Hellenicity)のレベル、の双方において、主として、市民的参加(civic engagement)を象徴するものとして機能していたということを、説得力ある形で主張する。
 彼らの宗教におけるこの市民的機能は、ギリシャ人達に対し、存在論的諸問題及び規範的諸問題を追求するにあたって理性を行使する知的空間を残してくれた。
 そして、それは、現実(reality)の本性(nature)の解明に専念したところの(後に科学と呼ばれた)自然哲学、及び、いかに最善の生き方をすべきかの解明に専念したところの道徳哲学、の双方の濫觴へと導いた。
 このどちらの学問分野も、健全な(robust)世俗主義のためには必要だ。
 しかし、著者はその片方をごまかしているのであり、その結果たる若干の諸文章は、私としてはこの尊敬すべき本に記して欲しくなかった、と言わざるをえない。
 例えば、「技術的革新に立脚している高度の資本主義経済においては、聖職者から知的かつ道徳的権威を掻きとってそれを理学と工学の世俗的な専門家達へと再配分することが必要だった。」
 神に感謝すべきだが、世俗的専門性は理学と工学だけに限定されるのではなく、道徳哲学にも含まれる。
 道徳哲学は、それが「道徳的権威」の外套を装う寸前で止まれば、我々の道徳的諸制度を拡大する難儀な過程において助けになった。
 いや、神に感謝すべきではなく、ギリシャ人に感謝すべきかもしれないが・・。・・・」(B)
 「・・・「無神論者」という綽名が付けられたところの、メロスのディアゴラス<(前出)>は、古典アテナイのクリストファー・ヒッチェンス(Christopher Hitchens)<(コラム#727、1096、2023、2044、2629、2758、3953、4204、4403、5179、5284、5296、5557、6447、6483、7238、7372、7474、7720、7975)>だった。
 BC423年時点において、アリストパネス(アリストファネス=Aristophanes)<(注10)(コラム#908、3451、4800、7728)>は、ディアゴラスが、反宗教的な逆張り投資家として大いに知られるところとなっていたので、彼の喜劇である『雲(Clouds)』の中で。ディアゴラスを風刺している。<(注11)>
 (注10)446?~385?年。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%91%E3%83%8D%E3%82%B9
 (注11)『雲』では、「ソフィストたち<が>風刺<され、>・・・[その代表として(上掲)]実在の哲学者ソクラテスが登場する。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B2_(%E6%88%AF%E6%9B%B2)
 (残念ながらディアゴラスへの言及がなされていないが、)『雲』の粗筋が下掲に載っている。↓
http://d.hatena.ne.jp/nikubeta/20120927/p1
 その数年の後、大災厄的な諸戦争<(注12)>の後に騒擾が絶えなくなっていたところのアテナイは、初めて危険な諸精神(subversive spirits)の迫害を始めた。
 (注12)ペロポネソス戦争(BC431~404年)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%83%AD%E3%83%9D%E3%83%8D%E3%82%BD%E3%82%B9%E6%88%A6%E4%BA%89
のことを指していると思われる。
 ソクラテスもまた、異端であるとして非難され、この、より強硬な路線の輝かしき犠牲者に仕立て上げられることになる。
 しかし、彼がヘムロック(hemlock)<(注13)>を飲み干す[ことによってBC399年に刑死する
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9 ]
よりずっと以前に、アテナイ人達は、青銅製の碑文を建て、ディアゴラスを殺した者は誰でも銀1タレント(talent)が与えられるものとした。
 (注13)毒人参。「ドクニンジンは、ソクラテスの処刑に毒薬として用いられたことが知られており、茎の赤い斑点は、<欧州>では「ソクラテスの血」と呼ばれることもある。・・・
 かつては日本に自生していなかった。しかし近年北海道の山野に不法に持ち込まれたものが植生して<いる。>・・・
 ドクニンジンは、各種の毒性アルカロイド・・・を含む。これらの毒の中でも最も重大なのがコニインである。コニインは神経毒性の成分で、中枢神経の働きをおかし、呼吸筋を麻痺させる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%AF%E3%83%8B%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%83%B3
 このファトワは、非敬虔なる自由思想家に投げつけられたものだった。
 しかし、ディアゴラスはひるむことなく、この悪評を楽しんだ。・・・」(D)
(続く)