太田述正コラム#0430(2004.8.3)
<崩壊し始めた北朝鮮(その1)>

1 始めに

 先般、ある東南アジアの国(ベトナムと考えられている)が今年5月に韓国政府に対し、その国に滞留している北朝鮮難民を引き取らなければ中国に送還するぞと脅し、両国間の交渉の結果、韓国政府は7月27日、28日の両日にわたって北朝鮮難民468名を韓国に引き取りました。
 朝鮮戦争が1953年に終わって以来、韓国にやってきた北朝鮮難民を全部合わせても5000名程度に過ぎなかったのですから、とんでもないことが起こったことになります(注1)。

 (注1)もっとも韓国は、90年代に入ってから北朝鮮の食糧不足などに耐えかねて急速に増加した脱北者を、ここ数年、毎年1000名以上受け入れており、今年も前半の6ヶ月だけでその受入数は760名に達していた。

 中国及びモンゴル・ベトナム・カンボジャ・タイ等の中国の周辺諸国に滞留している北朝鮮難民の数は30万人とも見積もられており、これら諸国がその負担に耐えられなくなってきていることが今回の大量引き取りの背景にあります。
 (以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/3919203.stm(7月23日アクセス)及びhttp://news.ft.com/cms/s/007b196a-e28f-11d8-8005-00000e2511c8.html(8月1日アクセス)による。)

2 北朝鮮

 中国は北朝鮮の最大の友好国として、北朝鮮の体制崩壊を避けるためにも難民の北朝鮮送還政策を強化していますが、その他の国々は国際的非難を受けてまで北朝鮮に義理立てする必要もないことから、今後次々に韓国に引き取りを求めることになりそうです。
 そうなるとますます北朝鮮からこれらの国々を目指す脱北者が増えるのは必至であり、いまや北朝鮮は体制崩壊のとば口に立たされていると言っても良いでしょう。

北朝鮮が危機意識を抱いたのは当然のことです。
「大量亡命は・・南朝鮮(韓国)当局の組織的で計画的な誘引、拉致行為であり、白昼のテロ犯罪<であると同時に>反民族的行為<である>」とした上で、「<これは>われわれ(北朝鮮)の体制を崩そうとする最大の敵対行為<であり、>今回の事態がもたらす結果については、すべて南朝鮮当局が責任をとることになり、協力した他の勢力も高い対価を支払うことになるだろう」と韓国及びベトナム(?)を批判するとともに、「<これは>米国が(北朝鮮の)社会主義制度を転覆させるために莫大な資金と物資をばらまきながら行っている反共和国・・謀略策動の産物だ」と米国を批判しました(http://www.tokyo-np.co.jp/00/kok/20040730/mng_____kok_____002.shtml。7月30日アクセス)。

3 米国

 北朝鮮が言うところの「米国<の>謀略策動」とは何でしょうか。
 7月21日、米国下院は全会一致で2004年朝鮮人権法(Korea Human Rights Act of 2004)案を可決し、上院に送付しました。
この法案は米行政府に対し、北朝鮮の人権問題を重要な議題として北東アジア諸国と協議すること、北朝鮮に係る人権団体に潤沢な資金援助を行うこと、北朝鮮向けのラジオ放送を開始すること、人道的支援物資の配給状況の監督体制を強化すること、脱北者達(defectors)を難民と認定しこれら難民を収容する国際難民キャンプを設立すること、そして脱北者達が米国に保護(asylum)を申請することを認めること、を求めるものです。
また、同法案ではこれに関連し、来会計年度から、北朝鮮の人権状況改善活動に200万ドル、北朝鮮における情報の自由促進のために200万ドル、北朝鮮難民支援に2000万ドル、合計2400万ドル支出することも行政府に求めています。
他方米上院には既に、北朝鮮の崩壊を意図するといってよいより過激な2003年朝鮮人道自由法(Korea Human Freedom Act of 2003)(注2)が上程されています。

(注2)この法案は、米国行政府に対し、北朝鮮の収容所群の衛星写真撮影の頻度を高め、かつ関連インターネット情報を活用することによって北朝鮮体制による人権蹂躙に係る情報の調査・集積・発信を行うとともに、米国国際宗教的自由委員会(US Commission for International Religious Freedom)の調査費を増額して北鮮体制の宗教迫害状況に目を光らせるよう、求めている。
    また、ロシア政府、及びとりわけ中国政府に対し、北朝鮮から逃れてきた者の難民申請にしかるべき対応をするように、かつまた国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対し、1995年の中国・UNHCR条約によって与えられている権限を行使し、中国政府がUNHCR要員に「難民にいつでも無条件で面会できる」ように取り計らわなかった場合に生じた紛争を拘束力ある国際裁定にゆだねるよう強く働きかけることを求め、もって北朝鮮の難民及び上級レベルの脱北者達の苦難の軽減を図ることを目的としている。

この二つの法案は、いずれも米行政府を拘束するものではありませんが、上院がこの二つを別々に審議するのかそれとも一緒に審議するのか注目されています。
(以上、(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200407/200407220030.html(7月20日アクセス)、及びhttp://times.hankooki.com/lpage/opinion/200402/kt2004022715562311320.htmhttp://brownback.senate.gov/pressapp/record.cfm?id=220932&&days=365&(どちらも8月1日アクセス)による。)

(続く)