太田述正コラム#8947(2017.3.2)
<東は東・西は西?(その5)>(2017.6.16公開)
 <以上は、言うなれば、辺境が欧米的な物の考え方を生み出す、という理論です。>
 もう一つの(直感に反する)観念は、対照的な物の考え方群(mind-sets)は諸細菌に対して進展した対応(response)である、というものだ。
 2008年に、(現在はウォーリック(Warwick)大学の)コリー・フィンチャー(Corey Fincher)<(注2)>とその同僚達は、疾病罹患率、と、ある地域の個人主義/集団主義の数値、との間に相関関係があるように見えること・・感染症に罹る度合いが高ければ高いほど人は集団主義的になり個人主義的でなくなる・・を示すために全球的な疫学データを分析した。
 ざっくり言えば、他人達へのより大きな同調(conformity)と敬意(deference)で特徴付けられる集団主義は、人々を、疾病を広げ得るふるまいを避けることに、より注意深くさせるのではないか、というのだ。
 (注2)米オクラホマ州立大卒、米ニューメキシコ大修士、博士(生物学)。2年間の英グラスゴー大の神経科学・心理学研究所の顔リサーチラボ(Face Research Lab from)勤務を経て現職(英ウォーリック大心理学科助教)。
http://facelab.org/People/fincher
http://facelab.org/
 ちなみに、Times Higher Education World University Rankings (THEWUR)のランキングでは、ニューメキシコ大は世界351-400位で、
https://en.wikipedia.org/wiki/University_of_New_Mexico
その博士号にどれだけの価値があるのかといったところだ。
 ウォーリック大は世界80位だが、心理学科が看板学科の一つではなさそうだ。
https://en.wikipedia.org/wiki/University_of_Warwick
 (なお、ウォーリック大の学科構成(に英国の場合限らないのだろうが、)心理学科が理科の中に位置づけられていること、メディカルスクール(医学部)が、人文、社会、理科と並列の位置づけであること
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E5%A4%A7%E5%AD%A6
に、私は興味を覚えた次第だ。)
 
 現実の世界におけるこの明白な諸相関の原因が、当該国の相対的な豊かさ(wealth)といった他の要素によって引き起こされたものではないことを証明するのは困難であり続けているけれど、ラボでの諸実験は、かかる観念に若干の支えを提供している。
 というのも、心理学者達が人々に疾病を恐れるように教え込むと、彼らは、より大きな同調性と集団的ふるまいといった、より集団主義的な物の諸考え方(ways of thinking)を採用するに至るように見えるからだ。
⇒この種の研究には人文社会科学的な素養が不可欠であるということもあり、この研究の主宰者たるフィンチャーの、余りばっとしない経歴や若さ・・助教ということからも若いと推定できる・・から、その研究の信頼性に、私は懐疑的です。
 14世紀の(イギリスを含む)欧州における、或いは、17世紀のイギリスにおける、ペストの大流行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9A%E3%82%B9%E3%83%88
の際に、例えば、イギリスの人々が「より集団主義的な物の諸考え方・・・を採用」したかどうか、現在イギリスに在住しているフィンチャーらは、果たして、確認する努力をしているのでしょうか。
 (1918年から19年にかけ全世界的に流行した、インフルエンザ・・・スペインかぜ<は、>・・・感染者5億人、死者5,000万~1億人」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%81%8B%E3%81%9C
に及び、本来、考察するにふさわしいもう一つの事例ですが、第一次世界大戦中であるだけに、スペインかぜの影響だけを確認するのは容易ではないでしょうね。)
 前者(14世紀)の際には、イギリスで、「労働集約的な穀物の栽培から人手の要らないヒツジの放牧への転換が促進した」というのですから、むしろ個人主義的傾向が強まった感がありますし、後者(17世紀)の際には、「当時ケンブリッジ大学を卒業したばかりのアイザック・ニュートンは故郷に疎開している間、大学での雑事から解放され思索に充てる時間が増えたことで、微積分法の証明や距離の逆2乗の法則の導出など重要な成果を残した。」([]内:ペストのウィキペディア上掲)というのですから、ただでさえ、栄養状態も衛生状態も良かったはずの、ニュートンのような上澄みの人々は、感染危険性の高い人口密集地から疎開もでき、ペストに苦しんでいる人々のことなどほったらかして、自分のやりたいことに個人主義的に没頭した様子が見て取れるところです。(太田)
(続く)