太田述正コラム#0488(2004.9.30)
<その後のシリア>

 以前シリアについて書いて(コラム#97(2003.1.2付)。読んでいない方は読んでいただかないと、今回のコラムの興味が半減します)から随分時間が経ちました。
 その後もシリアの動向をフォローしてきたのですが、アサド大統領(夫妻)は、英国の期待通り、あらゆる方面に細心の注意を払いつつ、見事な手綱さばきで着実にシリアの自由・民主主義化に向けた布石を打ってきたと言っていいでしょう。
 昨年までのイラクのバース党や中国の共産党と同様、41年前の権力奪取以来、シリアのバース党は、シリアの政治・経済・教育等全般を「前衛」として「指導」してきました。現在の党員数は200万人にも達します。
 アサドは当然このバース党の党首でもあるわけですが、四年前に父大統領の逝去により大統領に就任して以来、まず大臣の四分の一をバース党員以外から任命するとともに、軍(諜報機関を含む)について、その高級幹部の殆どがバース党員であったところ、定年制度を厳格に適用することにより、彼らの事実上の大量粛正を行いつつあります。
 風向きが変わったことを感知したシリアの青年達のバース党入党希望者は減少しています。
その一方で、バース党の機関紙の編集長に改革派をあて、この編集長にアサドの意向を思い切って代弁させています。いわく、バース党は大きすぎる、あらゆることに口を挟みすぎる、立党の基本方針たる社会正義・社会主義経済・アラブナショナリズムを忘れてしまっている、今や入党する若者は大学入学の際や国家統制経済の中で割の良い職に就く際に有利な取り計らいを受けることだけが目的だ、党はもっと小さく・もっと民主的に・そして政府に対する影響力を減らさなければならない、要するに党は前衛的役割を放棄し、党と政府を分離しなければならない、と。
また、イラクでフセイン大統領の銅像が引きずり倒されていた時にシリアの国営TVは文化ドキュメンタリーを放映していたことを皮肉るとともに、フセインの次はシリア等のアラブ諸国の独裁者の番であることを匂わせる「バグダッドが陥落した夜」という劇が一年近く前から首都ダマスカスで上演され続けている(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3696718.stm。9月29日アクセス)のをアサドは黙認しています。
更にアサドは昨年、バース党員でない人物を教育相に任命しましたが、この教育相は、(それまでは大学は国立大学が四つしかなかったところ)初めて私立大学の設置を認め、インターネットによる教育システムを導入し、党員である教師や学生の特権を廃止し、党の教師任命権を剥奪しました。
経済面では、国有銀行や政府系企業に巣くう古参のバース党員達に配慮して、改革は慎重の上にも慎重に進められています。最近、アサドが三年も前に公約した私立銀行がようやく三行設立されました。改革への抵抗勢力は70台の党員が多いので、若いアサドは彼らの引退を忍耐強く待っているのです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A48704-2004Sep24?language=printer(9月26日アクセス)による。)
特筆されるのは、アサドの外圧や外国利用の巧みさです。
最盛期には3万5,000人、現在でも2万人弱のシリア軍を駐留させて事実上支配下に置いているレバノンの大統領の任期を、アサドは8月末、さして必要があるとも思えないのに無理矢理延長させることによって国連の介入を招き、シリアとレバノンの庇護者に任じてきたフランスまで米国に同調して、レバノンの政治への不干渉・レバノンからの撤兵・レバノン所在のシリアの息のかかったテロ諸組織の武装解除をシリアに要求した安保理決議が採択されました。
するとアサドはこの決議を非難しつつも、レバノンの首都ベイルートの南の郊外に駐留していたシリア軍部隊をシリアとの国境近くに向けて撤退させ始めました。また、その第二弾として、レバノンの中部及び北部に駐留するシリア軍部隊も国境近くに向けて撤退させる計画があることも明らかにされました。これらは、将来全シリア軍部隊の本国への引き揚げにつながるものと期待されています。
(以上、(http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A38166-2004Sep21?language=printer(9月23日アクセス)による。)
また9月初めから、シリア・イラク国境の警備の強化、及びイラク不穏分子のシリア内での活動の黙認の中止を求める米国とシリアの間でダマスカスで協議が始まっており、アサドは前向きの対応をしています(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3698778.stm。9月29日アクセス)。
そこへ9月19日には、ダマスカスに駐在するハマスの幹部が乗用車に仕掛けられた爆弾で暗殺されました。イスラエルのモサドが下手人だと思われていますが、完璧な警察国家であるシリアでこんな30年来初の失態が生じたこと(上掲http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/3696718.stm)にも、自らの手を汚さずに、お荷物になったテロリスト達をシリアから追い出そうというアサドの意志を私は感じます。

 ブッシュやブレアはもとよりですが、アサド一人を見るにつけても、日本の首相なんて楽なものだとつくづく思います。