太田述正コラム#9301(2017.8.26)
<米露中と私の化かしあい>(2017.12.9公開)
1 始めに
 日本文化チャンネル桜用のパネルのことも気になっているのですが、本日、K.K作業で、Epsonのマニュアルが間違っていたことから、K.Kさんの指示で買ったケーブルが使えないケーブルであったため、予期せぬ長時間、対処、及び、問題の原因究明に時間がかかってしまったので、予定を変えて、やや機微に触れる昔話を書くことにしました。
 中共の話は確実に、また、ロシアの話は恐らく、電子日記でチェックができるところ、その時間がなく、また、米国の話の当時は、紙の日記も付けていなかったのでチェックしようがないことから、私の記憶違いの部分があるかもしれないことをご了解ください。
 また、部分的には、過去コラムで触れていることもあろう・・とりわけ、中共の話は詳しく紹介している・・かと思いますが、それもご宥恕ください。
2 米
 私が防衛庁(当時)防衛局防衛課(当時)勤務1年目だったと思いますが、課に、別用で来たのか、私だけのところに来たのかは忘れましたが、米空軍の漢人系の中佐が現れ、その後も何度か雑談しにやってくるようになりました。
 英語で雑談ができる防衛庁キャリアって、当時は殆どいなかったので、防衛庁に仕事で来た時に、私の所に、ついでに立ち寄るのかな、と当初は単純に考えていました。
 そして、しばらく経った頃、戦闘機がいなくなって久しい米軍三沢基地にF-16を配備する、という話を、恐らく、日本人の中で、最初に私に伝えたのです。
 恐らくは、私に情報をプレゼントした上で、私を通じて防衛庁内での、それに対する感触を探る、ことが目的だったのでしょう。
 私が、3年間在籍した防衛課を離れて、官房で防衛白書作成室長になった時に、彼は、「私には左遷に見えるけどね」とニヤっとしながら言ったものです。
 その時は冗談だと思ったけれど、今から思えば、彼が、というより、米軍(米国)が掴んだ人事情報を私に伝えてくれた可能性が大です。
 彼は、その後も時には私のところにやってはきたけれど、徐々にその頻度が減少し、いつの間にか消えていきました。
 米国が、私を有望株と判断し、私との特別な関係を築こうとし、やがて、その価値はないと見極めをつけた、ということではないでしょうか。
3 ロシア
 奇しくも、私が再度、今度は、官房審議官として、防衛白書にも携わることになった時に、私の前に出没を始めたのが、当時のロシア大使館の駐在武官の一人(海軍大佐)でした。
 白書の外国公館向け解説会に彼が現れ、その後、何度も審議官室に出入りするようになり、また、昼飯を何回もごちそうしてくれました。
 私は、自宅近くの、チョイ高級のファミレスに、彼を夫妻で招いて、お返しをしておきましたがね。
 その間、機微にわたる話は何も出なかったけれど、彼は、私が人事的に冷遇されている、と見極めをつけた上で、私に接近し、将来、機微な情報を入手しようとしている、と、これは当時から思っていました。
 私が仙台防衛施設局長(当時)になってからも、私が東京の自宅に戻っていた1月の週末の土曜日の昼前に突然、すぐ近くまでたまたま来ているのだが、と電話連絡が入り、カレンダーを置いて行ったものです。 
 それっきりでしたがね。
 時期的には、私が選挙に出る前に、ロシアもまた、私に見切りを付けたように思います。
4 中共
 私が役所をやめてから、猛烈にアタックしてきたのが中共です。
 まず、日本人協力者を私に接近させてきた上で、中共大使館の駐在武官(陸軍大佐)が私を中華料理店の夕食に呼び、そうこうしているうちに、この日本人協力者が私を北京に連れて行き、中共の党の日本関係者や日本研究者に面会させてくれました。
 (英国防大学当時の同期生との再会まで誂えてくれました。)
 これは、マジ、この日本人研究者の私費だったようですが・・。 
 その後、今度は、中共の北京のシンクタンク・・諜報機関だと見ています・・のご招待で、北京を再訪し、人民大学で講演をさせ、また、天津のシンクタンクも協力する形で、私を様々な日本関係者に会わせたり、名所旧跡に連れて行ってくれたりしたのです。
 その後、全く音沙汰がなくなったので、私はてっきり、中共もまた、私に見切りを付けたのかと思い込んでいたのですが、最近、いや、そうではなく、私が、中共当局が期待したような言論活動を、しかも次第に中共当局が最も望んでいる形で行うようになってきているのを、大喜びしながら見守っている可能性が高い、と、呆然かつ慄然たる思いを抱き始めています。
5 終わりに
 米露中のうち、中共の調略が、最も優れており、最も長期的視点に立っていて抜きんでている、という思いを深くしています。
 以下、蛇足ですが、私が役所をやめてから、台湾関係者との接点もちょっとできたのですが、私に関して、一貫して影も形もないのが韓国です。
 やっぱり、韓国はどうしようもない、自立することはできそうもない、ということではないでしょうか。