太田述正コラム#7812005.7.7

<インドとは何か(その4)>

  ウ 目を覆う健康水準

 インドの基礎医療は(これまたケララ州等一部を除いて)全く機能していません。

 ずる休みのために基礎医療センター(primary health centresに医者がいないことがめずらしくありませんし、たまたまいたとしても、碌に検査もせずに民間の医者に行け、と言われるだけです。その民間の医者の所に行ってみると、センターで会ったご本人が待っている、ということがめずらしくありません。センターの医者として州政府等から報酬をもらった上に、民間の医者としてもカネを稼ぐわけです。しかも民間の医者には法外な治療費を要求する者が少なくないだけでなく、藪医者が多い、というわけで、貧しい人は病気になったら、なけなしのカネをふんだくられ、治してはもらえないことがざらです。

 この問題の背景にも、インドの自由・民主主義制度の下で、強者が予算を基礎医療よりも高度医療に投入してきた、という現実があります。

 また、医療以前の話ですが、子供達に栄養失調が多いという問題があります。

 サハラ以南のアフリカでさえ、栄養失調の子供の比率は20?40%なのに、インドでは40?60%にも達し、インド周辺のいくつかの国と並んで、インドは世界で最も栄養失調の子供の割合が多い国です。

 幸い、ノーベル賞の賞金を全て投じたセンによる運動が、集票にもつながるとの期待からインドの政治家達を動かし、遅ればせながら学校給食が多くの州で二年ほど前から開始されました。

子供達の栄養失調が減る、給食目当てで学校からドロップアウトする生徒が減る、腹が満たされるために生徒が授業に集中できることになる、教師が給食調理室を管理することから教師への出席率向上圧力が強まり出席率が向上する、給食を共にすることによってカースト間の一体感が醸成される、といった様々な良い効果を学校給食がもたらすことが期待されています。

(以上、http://india.eu.org/2209.html(7月3日アクセス)による。)

  エ 産業インフラの貧弱さ

 私は、1990年代初頭の非社会主義経済化政策によってインドの経済が高度成長を始めた、と申し上げてきましたが、1980年代の10年間と1990年1月から2003年4月までの13年余の成長率を比較すると、年率5.62%から5.71%へとわずか0.9%の伸びにとどまっています(注7)。この成長率の変化の内訳を見てみると、工業部門成長率(7.547%から5.92%)も農業部門成長率(3.43%から2.7%)も減速しており、改革後に大幅に成長率がアップしたのは、サービス産業部門だけであり、10%の成長率を記録しています。

 (7)これに対し、中共の改革前(1949?1977)と改革後(1978?2003年)の経済成長率を比較すると、6%から9%へと「顕著な」伸びを示している。

 一体どうしてそんなことになったのでしょうか。

 その背景には、インドが自由・民主主義制度の下で、現金による所得移転を求める一般大衆の欲求に屈し、灌漑・道路・鉄道・電力といった産業インフラへの投資を怠ってきた、という現実があります(注8)。

 (注8)中共の産業インフラへの手厚い投資は良く知られているところだ。

 しかも改革以降、状況は一層悪化しています。

 インドの粗固定資本形成(Gross Fixed Capital Formation GFCF)の伸びは1980-81年から1990-91年の間は年6.9%であったのに、1990-91年から2001-02年の間では5.33%に減っているのです。これは、財政赤字が膨らんできているために、産業インフラに予算を投入する余地が次第に減少してきているからです。

 その結果、公共工事が途中で停止される事例が鰻登りに増えています。そもそも。カネがあっても、インドではこれまた自由・民主主義制度の下、州等の自治体の首長が替わると、自分の支援者に報いるために、既存のプロジェクトを中止し、新規プロジェクトを始める、という悪しき伝統があるだけに、公共工事をめぐるカネの無駄遣いは天文学的規模にのぼっています(注9)。

(以上、特に断っていない限りhttp://www.atimes.com/atimes/South_Asia/FI23Df05.html2004年9月23日アクセス)による。)

(注91988年に私がインドを二度目に訪問した際、ニューデリー首都圏(現在人口1400万人)に地下鉄がまだなかったのは知っていたが、今年7月初めにようやく、実質的に初めての地下鉄が日本のODAに経費を6割方依存し、かつ日本の技術でニューデリーで部分開通したところに、インドの産業インフラ整備の遅れが良く表れている。ちなみにインドでは、これまでは、現在人口1200万人のコルカタ(カルカッタ)圏にしか地下鉄はなかった。また、このコルカタの地下鉄一本の建設に20年もかかっている。(http://www.asahi.com/international/asiamachi/TKY200505250246.html及びhttp://www.sankei.co.jp/news/050702/kok094.htm(どちらも7月6日アクセス))

(続く)