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防衛省OB太田述正ブログ

日本は自分からアメリカの属国をしています

「インド」の記事一覧

セポイの反乱(特別編)

太田述正コラム#2030(2007.8.29) <セポイの反乱(特別編)>(2008.2.29公開) 1始めに  本篇は、「セポイの反乱」シリーズ(コラム#1769、1847)の特別編であり、この後もシリーズは続きます。 […]

インドと民主主義(その2)

太田述正コラム#2008(2007.8.18) <インドと民主主義(その2)>(2008.2.20公開)  インドで民主主義が機能しているだなんてご冗談を、と言われそうなくらい、インドには暴力沙汰や紛争がつきものであるこ […]

インドと民主主義(その1)

太田述正コラム#2006(2007.8.17) <インドと民主主義(その1)>(2008.2.19公開) 1 始めに  グレイ(John Gray)の、多民族からなる民主主義的国家でうまくいっている所の大部分は君主制を採 […]

セポイの反乱(その2)

太田述正コラム#1847(2007.7.2) <セポイの反乱(その2)>(2008.1.1公開)  (本篇は、コラム#1769の続きです。)  どうしてセポイの反乱(1857~59年)が起こったかを理解するためには、時計 […]

セポイの反乱(その1)

太田述正コラム#1769(2007.5.15) <セポイの反乱(その1)>(2007.11.18公開) 1 始めに  セポイの反乱をとりあげた、英国人歴史家・紀行作家・ジャーナリストであるダリンプル(William Da […]

大英帝国論をめぐって(その4)

太田述正コラム#894(2005.10.7) <大英帝国論をめぐって(その4)>    (本篇は、10月5日に上梓しました。)  (3)英国によるインドの搾取  19世紀以降、英国は米国及び英国人が多数移住したカナダ・豪 […]

大英帝国論をめぐって(その3)

太田述正コラム#893(2005.10.6) <大英帝国論をめぐって(その3)> 2 大英帝国を「完成」させたインド  (1)始めに  英国のインド亜大陸(以下、「インド」という)との関わりは、1600年に東インド会社が […]

インドとは何か(その4)

太田述正コラム#781(2005.7.7) <インドとは何か(その4)>   ウ 目を覆う健康水準  インドの基礎医療は(これまたケララ州等一部を除いて)全く機能していません。  ずる休みのために基礎医療センター(pri […]

インドとは何か(その3)

太田述正コラム#780(2005.7.6) <インドとは何か(その3)> 3 インドの現状  (1)始めに  センが、独立後の自由・民主主義国家インドでは、英領インド帝国時代と違って餓死は根絶されたけれど、英領インド時代 […]

インドとは何か(その2)

太田述正コラム#778(2005.7.5) <インドとは何か(その2)>  (3)英植民地統治  このような議論と寛容の伝統があったところに、英国の植民地になったことで英国の自由・民主主義の影響を受け、また、英国統治下の […]

インドとは何か(その1)

太田述正コラム#777(2005.7.4) <インドとは何か(その1)>  (コラム#776を若干拡充して私のHPに再掲載してあります。) 1 始めに  インドはヒンズー教原理主義化しつつあったところ、昨年の総選挙で国民 […]

新悪の枢軸:インド篇(その7)

太田述正コラム#0667(2005.3.22)<新悪の枢軸:インド篇(その6)>  (コラムの購読者数が、11日時点の1204名から更に減って1200名になっており、危機的状況が続いています。来月10日に私のホームページ […]

 インドの政変(その2)

太田述正コラム#0355(2004.5.20)<インドの政変(その2)>  (前回のコラムの冒頭部分等での事実の誤りを訂正してホームページに再掲載してあります。) 当選者数に目を奪われず、得票率を見れば、このことは明らか […]

インドの政変(その1)

太田述正コラム#0354(2004.5.19)<インドの政変(その1)> 1 インド総選挙の結果 先般のインドの総選挙では、事前のあらゆる世論調査や評論家の予想を覆してBJPを中心とする与党連合が敗北し、国民会議派(In […]

新悪の枢軸:インド篇(その6)

太田述正コラム#0315(2004.4.10)<新悪の枢軸:インド篇(その6)>  (本篇は、形式的にはコラム#288の続きですが、実質的にはコラム#286の続きです。) 4 民主主義はインドの長所か  (1)アマルティ […]

新悪の枢軸:インド篇(その5)

太田述正コラム#0288(2004.3.14)<新悪の枢軸:インド篇(その5)> 茶飲み話2:クリケット  イギリスが世界の旧植民地に残した遺産として、もっとも顕著なものの一つがクリケット競技です。このたび、殆ど15年ぶ […]

新悪の枢軸:インド篇(その4)

太田述正コラム#0287(2004.3.13)<新悪の枢軸:インド篇(その4)>  ここでちょっと休憩をしましょう。 茶飲み話1:インドの思い出  (1)暑さ 読者の中に、インドを訪れたことのある方はおられるでしょうか。 […]

新悪の枢軸:インド篇(その3)

太田述正コラム#0286(2004.3.12)<新悪の枢軸:インド篇(その3)>  そうではない、と思った方がよさそうです。 ポイントは、BJPがまだインドの中央政治で地歩を固めきっていないところにあります。 1999年 […]

新悪の枢軸:インド篇(その2)

太田述正コラム#0285(2004.3.11)<新悪の枢軸:インド篇(その2)>  (前号に書き忘れましたが、ホームページの掲示板でもお知らせしたように、私のホームページへの訪問者数が2月11日??3月10日は14,58 […]

新悪の枢軸:インド篇(その1)

太田述正コラム#0284(2004.3.10)<新悪の枢軸:インド篇(その1)> 1 インドの可能性  インドは、冷戦の終焉を契機に、初代首相のネールが採択したイギリス直輸入のフェビアン流社会主義の体制(注1)から、(政 […]

マハトマ・ガンジー

太田述正コラム#0176(2003.10.24)<マハトマ・ガンジー>  (前回のコラム#175に注3を加え、かつミスプリ等を直したものをホームページ(http://www.ohtan.net)の時事コラム欄に再掲載して […]

マザー・テレサ

太田述正コラム#0175(2003.10.23)<マザー・テレサ> (コラム#173に二つの注を付け加えてホームページ(http:/www.ohtan.net)の時事コラム欄に再掲載してあります。ご参照ください。) 1  […]

印パの緊張緩和

太田述正コラム#0068-2(2002.10.19)<印パの緊張緩和>  10月16日にインドが、パキスタンとの国境に終結させていた75万人に及び陸軍兵力の一部を撤退させると発表したところ、その翌日にパキスタンもこのイン […]

印パのにらみあい(その3)

太田述正コラム#0014印パのにらみあい(その3)  そもそも、なにゆえ、我々は印パの動向に重大な関心を寄せるべきなのでしょうか。 その第一の理由は、印パ両国とも親日国であるからです。 私はかつて、「・・<1988年に> […]

印パのにらみあい(その2)

太田述正コラム#0010印パのにらみあい(その2)   ところで、私自身は、当初から印パが本格的な軍事衝突に至る可能性は殆どないと見ていました。その理由は沢山ありますが、その最大の理由の一つがパキスタンのムシャ […]