時事コラム

2002年1月9日 
太田述正コラム#0009
印パのにらみあい(その1) 

昨年の12月13日に起こった、テロリストによるインド国会襲撃事件を契機に、印パ両国が一触即発の状況になっています。ところが、日本の政府やマスコミの関心は今ひとつです。
 印パ両国の抱える最大の問題はカシミール問題であり、この古くて新しい問題をめぐって核兵器を保有する印パ両国が総動員をかけて国境地帯に兵力を集中しているというのに、昨年9月の同時多発テロとその後のアフガン情勢に係る政府の対応ぶりやマスコミ報道のフィーバーぶり・・印パはアフガニスタンのすぐ隣です・・と比べて落差が大きすぎるのではないでしょうか。
 これは、同時多発テロ事案は米国がらみの事案であるのに対し、印パ事案は一見そうではないということによるわけで、米国の「保護国」である日本の政府やマスコミの態度としては当然のことなのかもしれませんが、私のように、日本の「自立」を目指す立場からすると、歯がゆい限りです。
 その中で、高く評価されるのが読売新聞のトクダネです。
「インドとパキスタンの両国首脳が4日、ネパール国王主催の晩餐(ばんさん)会の前に接触、非公式に会談していたことが分かった。ネパール政府筋が本紙に明らかにした。印パ両政府はこの事実を確認していないが、緊張緩和に向けた一歩となる可能性もある。  ネパール政府筋の目撃談によると、両首脳の接触は4日夜、カトマンズの王宮内で開催された晩餐会前のお茶会の席であった。南アジア地域協力連合(SAARC)首脳会議に出席する7か国の首脳夫妻が晩餐会場とは別の一室で雑談していたところ、インドのバジパイ首相がパキスタンのムシャラフ大統領に歩み寄った。大統領の左腕に触れて人の輪を離れ、柱の影に連れていった。2人だけの会話は数分間続いたとみられる。会話の内容は不明だが、同政府筋によると、両首脳に笑顔はなかったものの、深刻な雰囲気でもなく、「年長のバジパイ首相がムシャラフ大統領をリードする感じ」だったという。・・」
http://www.yomiuri.co.jp/05/20020105i202.htm。)
 という記事が配信されたのが日本時間で5日の10時45分。同じ頃の英米のメディアが、SAARC席上での両国首脳の会談の実現はなかろうと報道していた中での快挙です。事実だとすれば、印パ両国の本格的な軍事衝突の可能性はなくなったと見てよいことになります。
 興味深いのは、その後の他メディアの対応ぶりです。日本の朝日や日経がこの記事を無視しましたのは分かるような気がしますが、ニューヨークタイムズ、ワシントンポスト、CNN、ガーディアン、ファイナンシャルタイムズ、BBCなど、印パ問題に重大な関心を寄せていた英米の主要メディアがすべて黙殺し、両首脳の会談は行われないだろうとの報道を続けたのです。読売がこの記事を英文でも配信していたかどうかはつまびらかにしませんが、日本のメディアが世界の中でいかに無視されているかがよく分かります。
 不安にかられた読売は、その日の深夜の午前1時38分、いささか自信なげな記事で後追い報道をします。「・・パキスタン側からは、両首脳が極秘会談したとの情報も流れるなど、水面下では対立の激化の回避に向けた動きが続いている模様だ。」
http://www.yomiuri.co.jp/05/20020105i414.htm
 この時点でも、読売以外の前期各メディアは黙殺を続けていました。
 読売の記事の信憑性が裏付けられたのは、6日の日が明けてからです。読売以外の前記各メディアが、印パ両政府サイド等から裏付け取材してようやく記事にしました。英米のメディアにあっては、日本時間の5日と英米時間の6日の一日の遅れは見かけ以上のものがあることにご注意ください。
 ただ、これらの記事の殆どは、インド側の言い分を(意図的に?)うのみにして、両首脳会談を儀礼的なものにすぎないと片づけてしまっています。読売の最初の報道からうかがわれるのは、その反対です。こうなると、この点でも読売の方を信用せざるを得ないでしょう。
 読売という日本の一つのメディアができることであれば、日本の他のメディアだって、そして政府だって努力すればできるはずです。そして、このように的確な情報さえつかむことができれば、適切な印パ外交も展開できるはずなのです。