太田述正コラム#2006(2007.8.17)
<インドと民主主義(その1)>(2008.2.19公開)
1 始めに
 グレイ(John Gray)の、多民族からなる民主主義的国家でうまくいっている所の大部分は君主制を採用している、という指摘(コラム#1887、1994)にもかかわらず、どうして君主制でない多民族国家インドで民主主義が機能しているのでしょうか。
 これは結構難問なのです。
 この難問と格闘した結果をとりあえずご報告しておきます。
2 難問
 (1)多民族国家インド
 南アジア諸国の中で、インド一国だけが異質であることにお気づきでしょうか。
 ネパールはヒンズー王国であり、ブータンは仏教王国であり、パキスタンはイスラム教を国教とする共和国であり、バングラデシュはイスラム教徒でベンガル語を用いるベンガル人の共和国であり、スリランカは憲法で仏教とシンハリ語(Sinhala)を特別扱いしている共和国である、という具合にそれぞれ特定の宗教の色彩で染められているのに対し、インドは世俗的(secular)で多元的な(pluralistic)共和国だからです。
 ところで、この中で単一民族国家と言えるのはバングラデシュくらいなもの(ただし後述参照)ですが、それ以外の南インドの諸国は、多かれ少なかれ、文化を共有するところの単一民族の国に対するあこがれを抱いています。
 しかし、インドはこのようなあこがれが存在しない希有な国なのです。
 
 インドには、100万人以上が用いている言語だけで35もあります(注1)。
 (注1)インドでも建国当時は、約4割の国民が用いるヒンディー語を共通語にしようという考えはあった。
 しかし、それは見果てぬ夢に終わりそうだ。
 インドが1996年に独立49周年を祝った時、ガウダ(HD Deve Gowda)首相は、ヒンディー語が全くできなかったけれど、慣例と政治的配慮からヒンディー語で記念演説を行ったものの、自分の言語であるカンナダ(Kannada)語の文字で音訳したヒンディー語を棒読みした。
 人種的にも、例えばパンジャブ人やベンガル人は、それぞれパキスタンとバングラデシュにも多数住んでいます。
 宗教だってインドには神道以外の全世界の宗教がすべてそろっています。
 確かにインドではヒンズー教徒が81%を占めていますが、ヒンズー教徒と言えども、言語がバラバラであるだけでなく、属しているカーストもまたバラバラであり、住んでいる地域ごとに生活習慣等も全く違いうので、ヒンズー教徒なら単一のアイデンティティーを持っている、というわけではないのです(注2)。
 (注2)ヒンズー教徒に単一アイデンティティーを注入することによって恒久政権を樹立しようとしたのがBJP(Bharatiya Janata Party)だが、同党は一旦は政権を掌握したものの、ヒンズー教徒を結束させることには結局成功せず、政権を失った。
 地理的にも、インド亜大陸には自然境界的なものがあるところ、1947年に人工的に国境線が亜大陸内部に引かれたために、インドは地理的に不自然な代物になってしまいました。
 また、不自然ではあるものの、とにもかくにも現在のインド国境でもってインド人を定義する、というわけにもいきません。祖父または祖母の1人でも英領インド帝国で生まれておれば、無条件でインド国籍がとれるからです。
 この結果、2004年5月のようなこと・・ヒンズー教徒が8割を占めるインドで、カトリック信徒のイタリア生まれのソニア・ガンジー(Sonia Gandhi)がシーク教徒のマンモハン・シン(Manmohan Singh) を首相に指名し、イスラム教徒のアブドル・カラム(Abdul Kalam)がシンを首相に任命する・・が頻繁に起こりうるのです。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2148957,00.html
(8月15日アクセス)、及び
http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/6943598.stm
(8月16日アクセス)による。)
(続く)