太田述正コラム#7972005.7.19

<靖国問題について(その2)>

 (本篇は、コラム#7632005.6.23)の続きです。)

3 中共に対する反論

 (1)反論

 靖国神社は、日本の武力紛争相手国(またはこれに準じる勢力)によって死にに至らしめられた軍人(またはこれに準ずる文民)を慰霊する国家制度の一環をなしている(注7

 (注7)現在の靖国神社は一宗教団体に過ぎず、国家制度の一環をなすことはありえない、との指摘は形式法理論的には正しい。しかし、現在にあっても靖国神社が事実上国家制度の一環をなしていることは、靖国神社の戦前までの歴史の重み、及び戦後の「英霊」の合祀経緯等から否定できない。いずれにせよ、貴国が靖国「問題」を外交交渉の場で持ち出してきているのは、貴国自身、靖国神社が国家制度の一環をなしている、と考えているからではないのか。

 貴国は、いわゆるA級戦犯が慰霊の対象としてふさわしくない、と主張しているわけだが、貴国における「戦死者の慰霊」概念がいかなるものか、教えていただきたい。

 両国の「戦死者の慰霊」概念の摺り合わせをして初めて、両国間で靖国問題に係る外交交渉がなりたつ、と考えるからだ。

 しかし、当方としては、貴国は、そもそも「戦死者の慰霊」概念をお持ちではないのではないか、という疑念を抱いている。

 仮にそうだとしたら、貴国が靖国「問題」を云々する資格はないと考えるがいかん。

 (2)上記反論の根拠

戦後、日本は国の経費で、先の大戦で外地に残された日本兵の遺骨を日本に持ち帰り、埋葬してきた。ベトナム戦争後、米国がベトナムと国交を回復する際の条件の一つは、ベトナムからの米兵の遺骨の返還とベトナム内における米兵の遺骨の調査を認めることだった(注8)。

(注8)米軍の戦死者の遺骨(遺体を含む)取り扱いは年月とともにより丁重になってきた。1817?18年の第一次セミノール戦争(フロリダのインディアンのSeminole族との戦争)での遺骨は、将校の遺骨のみが、しかも遺族の経費で回収された。1861?65年の南北戦争の時には国立墓地が設置され、一般兵士の遺骨も含め、扱いはかなり改善された。1900年代初期から、戦死者全員を把握する努力がなされるようになった。第一次と第二次大戦の戦死者は、原則、戦死した外地の米軍墓地に埋葬された。1950?53年の朝鮮戦争の時から、戦死者の遺骨は全て回収し、本国に持ち帰る方針が確立し、現在に至る。(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/07/14/AR2005071401545_pf.html。7月17日アクセス)

しかし、貴国にあっては、先の日中戦争(1937?45)の際の支那側の戦死者(中共軍の戦死者を含む。以下同じ)の名簿すらないのではないか。支那側の戦死者の遺骨も放置されているのではないか。また、日中戦争における戦死者の慰霊は現に行われたことがなく、慰霊碑もないのではないか(注9)。

 (注9)もとより、先の日中戦争に係る貴国、というより中国共産党、の立場は、以下のように極めて微妙なものがあることは承知している。

1937年から45年の間、日支間において連隊規模以上で行われた戦闘が23回あったが、1回を除き、中共軍は参加していない。その1回についても、中共軍は1,000人から1,500人の兵士が参加しただけであり、しかも、前線に出ることなく、後方の一方の脇を警備要員として固めただけだった。

それよりも小さな規模の1,117回の戦闘についても、中共軍が戦ったのはそのうち1回だけだ。40,000回のこぜりあいについてすら、中共軍が行ったのは200回、0.5%に過ぎない。

1942年から1945年にかけてコミンテルン(第3インター)から中共軍に連絡要員として派遣されていたヴラディミロフ(Peter Vladimirov)の残した記録によれば、中共は彼の前線視察希望を拒否し続けた。そして後に彼は、中共軍と日本軍は互いに全く戦闘を行わなかったという事実を知る。この間、中共軍がやっていたのはケシを栽培して麻薬を売りさばき、その利益で軍備を強化することだけだった。

中共自身の公定史書によれば、戦争が始まった時に3万人に過ぎなかった中共軍は戦争が終わる頃には正規軍120万人、民兵260万人から300万人へとふくれあがっていた。そして中共軍は、「一応」対日戦闘を行い、疲弊していた国民党軍に一挙に襲いかかり、粉砕した。

朝鮮戦争で戦死した貴国兵士についても、中越戦争(1979年)で戦死した貴国兵士についても、その遺骨の回収に貴国が努力した形跡はない。また、この二つの戦争での貴国兵士の戦死者の慰霊が行われてきた、との事実も承知していない。

これは貴国に戦死者の慰霊なる概念がないことの現れではないのか。

(以上、特に断っていない限りhttp://www.rieti.go.jp/users/china-tr/jp/030616ntyu.htm(7月4日アクセス)、及びhttp://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2005/07/12/2003263221(7月13日アクセス)による。)

(続く)