太田述正コラム#10442006.1.14

<「アーロン収容所」再読(その9)>

5 「アーロン収容所」アラカルト

 (1)連歌的議論

 お分かりいただいたことと思いますが、「アーロン収容所」は、英国人による差別糾弾の書であるにもかかわらず、日本人による差別は是認しており、一方で英国人による差別を是認している書でもある、という具合に矛盾だらけの著作です

 これは、会田が、執筆しながら、自分の見聞したこと、自分が考えたことを、その都度ありのままに記し、著作全体としての論理的整合性をほとんど顧慮しなかったことを示しています。

 「アーロン収容所」は論文ではありませんが、一定の長さ以上の日本の学者の論文にもしばしば見られる現象です。

 私は、これを日本人特有の連歌的議論と呼んでいます(コラム#991)。欧米人の著作ではまずお目にかかれない議論の仕方です。

 これは私が、大学の教養学部時代に、確か政治学の京極純一教授の授業で読むことを勧められた本のうちの一つ、神島二郎(元立教大学教授。1918?98年)の「近代日本の精神構造」(1961年。丸山真男の政治学と柳田国男の民俗学の綜合)を読んだ時に、著者がこの著作の所々で言っていることに相互矛盾はなさそうだけれど、著者が何を結論的に言いたいのかをどうしても絞り切れなかったことから、苦し紛れに思いついたことです。

 連歌的議論が展開される著作には愚著も多いのですが、神島のこの本のように、豊饒な中身を持つ著作もありえます(注19)。

 (注19)連歌的議論が展開される著作を読むむつかしさは、理科的頭脳を持っていない私が理科的な著作を読むむつかしさとは全く異なる。逆に理科的な頭脳しか持っていない人間が読むと、こういう著作は、愚著としか思えないだろう。理科的な頭脳しか持っていないように見える家永三郎が、神島のこの著作を、全く理解できなかったと言っている(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%B3%B6%E4%BA%8C%E9%83%8E。1月14日アクセス)のは、さもありなんという気がする。

 では、「アーロン収容所」は愚著なのでしょうか。

 会田が体験した事実の紹介をした箇所に関しては名著だけれど、体験に対する会田の所見を記した箇所に関しては、相互矛盾だらけなので愚著だ、ということではないでしょうか。

 (2)英国対ドイツ・日本の戦後

 一体先の大戦に関し、英国人はドイツと日本のどちらに対して怒りがより大きいのでしょうか。

 私はドイツに対する怒りの方がはるかに大きいと思っています。

 英国人の日本に対する怒りは間歇的にしか表面化しないのに対し、ドイツ(ナチスドイツ)は、戦後一貫して英国人によって日常的にコケの対象にされ続けてきたからです(コラム#596)。

 これは、不思議なことです。

 なぜなら、なるほどドイツは、日本と違って英本国を戦略爆撃の対象にしたけれど、その何倍もの報復戦略爆撃を英国はドイツに対して行って借りは完全に返しているし、英軍捕虜がドイツに虐待されることもなかったのに対し、日本には英軍捕虜を「虐待」され、その上、大英帝国を瓦解させられたからです。(大英帝国の瓦解が明らかになったのは、戦後しばらく経ってからですが・・。)

 先の大戦直後に英国が異常な執念を持ってナチス残党の追及を行ったことは、以前にも(コラム#946で)述べたことがありますが、その時言及した、昨年ようやく露見した事例は、心理的拷問プラスアルファをナチス容疑者取り調べの際に行ったというものでした。

 昨年それに引き続いて露見したもう一つの、より深刻な事例を挙げておきましょう。

 それは、ドイツ降伏後に英国が北西ドイツのBad Nenndorfに設置し、22ヶ月後に閉鎖された秘密収容所での出来事です。

 この収容所に収容されたのは、ナチス党員・SS隊員・ナチス体制の下で潤った産業家達でした。(後に、ソ連のスパイ達も収容した。)この中には、間違えて捕まった人々も含まれていました。

 そして、延416人に及ぶこれら収容者達は、厳冬期に寒気に晒されて凍傷を負わされたり、餓死に追い込まれたり、機具を用いた痕跡が体に残る拷問を受けたりしたのです。死に至った収容者で判明しているのは1名だけですが、死者はもっと沢山いたと考えられています。

 どうしてこれほど、ナチスドイツ関係者が英国人の復讐の対象にされたのでしょうか。

 これは、ナチスドイツが犯したホロコーストという(英国人にとっては単なる第三者に対する)蛮行への怒りがしからしめた、としか私には考えられません。

 これらの事例を見ると、戦争直後ですら、英国人のドイツ人に対する怒りと復讐は、日本人に対する怒りと復讐よりも激しかったのではないかと私は思うのです。

 英軍や米軍に対して降伏した降伏ドイツ軍人は、本国や本国のすぐ近くで降伏したことから、長期にわたる収容が行われなかったこと、他方、ドイツの戦犯(容疑者を含む)で収容所に収容された者に対する英国(連合軍)の措置については、裁判にかけられてからのことしかつい最近まで開示されていなかったことから、会田が、ドイツと日本の比較を行うのは容易ではなかったことは分かるけれど、このような比較を行おうとした形跡すら「アーロン収容所」からは窺えないことは問題だと思います。

 ところで、違法すれすれだった前者の事例においても、英当局は、国際赤十字の追及を懼れて収容所を閉鎖しましたし、明らかに違法な後者の事例では、内部告発に基づき、ロンドン警視庁の捜査の手が入って収容者は閉鎖されました。このことで改めて法の支配の国、英国の「偉大さ」に敬意を表したくなります。

(以上、事実関係は、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-torture18dec18,1,7200201,print.story?coll=la-headlines-world20041218日アクセス)、及びhttp://www.guardian.co.uk/frontpage/story/0,,1669544,00.html(1月11日アクセス)による。)