太田述正コラム#0516(2004.10.28)
<米国反仏「理論」あれこれ(その1)>

1 始めに

 イラク戦に反対したフランスへの反感が米国で高まっていることはご承知のことと思います。
 イラクでの「苦戦」が続く昨今、この反感はますますエスカレートしてきている感があります。
 マイクロソフトの電子誌スレートの副編集長プロッツ(David Plotz)が、ブッシュがサウディ贔屓、ケリーがフランス贔屓であることにひっかけて、ユーモアたっぷりにサウディとフランスの「欠点」を項目ごとに並べ立て、どちらがよりひどいかを検証したエッセー(http://slate.msn.com/id/2108461/。10月22日アクセス)には腹を抱えて笑ってしまいました。
 例えば、
・最も人気がある余暇の過ごし方:ドバイでの買い物(サウディ)・米国人をこきおろすことと喫煙(仏)→仏がひどい
・女性が身にまとうもの:黒いベール(サウディ)・黒のランジェリー(仏)→???
・お好みの反ユダヤ的行為:ハマスへの資金提供(サウディ)・ユダヤ人墓地の涜聖(仏)→サウディがひどい
・著名な知識人:うーん?(サウディ)・デリダとパスカルとサルトルとフーコー→仏がひどい
・宗教:過多(サウディ)・皆無(仏)→サウディがひどい
・典型的なタイプ(Gross National Stereotype):ブッシュのような奴(サウディ)・ケリーのような奴(仏)→サウディがひどい
・・・・
 圧倒的にケリー支持、つまりはリベラルが多いスタッフ及び寄稿者等によってスレートが支えられている(http://slate.msn.com/id/2108714/。10月27日アクセス)ことを考慮すれば、このエッセーのフランスへの悪口がかなり抑制されたものであることが想像できます。
 
2 反仏「理論」

 当然、米国の保守派のフランスへの反感はこんなものではなく、しかも真剣そのものです。
 米国のネオコンのゴッドファーザーの一人であるクリストル(Irving Cristol)の妻である英国史家ヒンメルファルブ(Gertrude Himmelfarb)は、18世紀のフランスの啓蒙思想を根底から批判する著書The Roads to Modernity―The British, French, and American Enlightenments, Alfred A. Knopfを先だって上梓しました。
 その内容を簡単にご紹介するにしましょう。
(以下、この本の内容については、http://www.nytimes.com/2004/10/24/books/review/24MCLEMEE.html?oref=login&pagewanted=print&position=、http://www.nytimes.com/2004/10/24/books/chapters/1024-1st-himme.html?pagewanted=print&position=、http://www.opinionjournal.com/la/?id=110005555http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/chronicle/a/2004/08/29/RVG5H8BCEK1.DTLhttp://www.bookpage.com/0409bp/nonfiction/roads.htmlhttp://www.decaturdaily.com/decaturdaily/books/041003/book1.shtmlhttp://www.washingtontimes.com/functions/print.php?StoryID=20040904-104659-7441rによる(いずれも10月26日アクセス)。)

 啓蒙思想とは、理性と自由、科学と産業、正義と厚生への敬意であるとした上で、ヒンメルファルブは、フランス・英国・米国の啓蒙主義、とりわけフランスの啓蒙思想と英国・米国の「啓蒙思想」の間には決定的な違いがあったと指摘します。
 まず、フランスの啓蒙思想についてです。

 フランスのヴォルテール(1694??1778年)・ディドロ(1713??84年)・エルヴェティウス(1715??71年)・オルバック(1723??89年。ディドロ・エルヴェティウス・オルバックについてはコラム#496にも登場)・ルソー(1731??1810年。コラム#64、66、71)らの啓蒙思想家(フィロゾーフ(philosophes)と呼ばれることが多い)は、英国のニュートンやロックを先達として賞賛しつつも、フランス伝統の合理論に立脚し、理性万能主義者にして無神論者、かつ普遍主義者であり、進歩と友愛を説きつつもその実エリート主義者であったことから、全体主義に道をひらいたのであって、英国の「啓蒙思想」家(後述)とは似ても似つかぬ代物だった。
ヴォルテールは、農民の多くは宗教的迷信を信じているとして、農民の子供達に教育を施すことに反対した。
ディドロは、「一般大衆は人間精神の前進について理解することも、それを推進することもする能力がない」としており、啓蒙的な君主か明敏なる貴族達の手にゆだねられた国家権力が彼らのために、彼らに代わって意志決定を行うべきであると主張した。
またルソーの一般意思の考え方は、ロベスピエールに影響を与え、フランス革命後の恐怖政治をもたらした。
 (モンテスキュー(1689??1755年。コラム#88、311、503)のように、英国の「啓蒙思想」家と殆ど変わらぬ考えの者もいたが、これは単にモンテスキューが英国かぶれだったためだ。)
 要するに、フランスの啓蒙思想とフランス革命が近代をもたらしたなどということは全くの誤りなのだ。

(続く)

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