太田述正コラム#9623(2018.2.3)
<キリスト教の原罪(その7)>(2018.5.20公開)

 ローマ人達は、年代物の諸宗教には敬意を払っていたので、理解不能にして嫌悪すべきだった・・タキトゥスは、「ユダヤ人達の諸実践は不吉で不快であり、彼らはその邪悪さによって自分達自身を塹壕で囲ってしまっている」・・・、と、生理的な嫌悪感に基づき記している・・けれど、ユダヤ人達<・・すなわち、ユダヤ教徒達(太田)・・>にはお咎めなしだった。
 <しかし、>新しい諸セクトは、「諸迷信」とみなされ、レリギオ・リキタ(religio licita)<(注17)>の範疇外にふるい落とされた。

 (注17)許容された宗教(tolerated religion)のこと。キリスト教は4世紀にそうなった。
http://left.wikia.com/wiki/Religio_licita

 これが、ミトラ(Mithraic)・カルト<(注18)>が、ローマで興ったように思える事実があったにもかかわらず、ペルシャの神の装飾を帯びた理由だ。

 (注18)「ミトラ教・・・(・・・Mithraism)は、古代ローマで・・・1世紀より4世紀にかけて・・・隆盛した、・・・牡牛を屠る・・・太陽神ミトラス(ミスラス)を主神とする密儀宗教である。・・・信者は下級層で、一部の例外を除けば主に男性で構成された。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%88%E3%83%A9%E6%95%99

 もう一つ、銘記すべき大事な点は、ローマ人達が宗教の分野で許容するであろう諸パラメータは、時とともに変化はしなかったということだ。・・・
 例えば、マニ教<(コラム#2458、3060、3409、3678、3682、4078、4242、4262、4904、4906、5420、6024、6971、7536、7625、7706、8649)>徒達(Manicheans)も、ディオクレティアヌス(Diocletian)<(注19)(コラム#413、858、2766、3483、3485、3487、5396、6142、6150、6152、6246)>の諸手の下で、それまでは許されていたにもかかわらず、迫害を受けた。

 (注19)ガイウス・アウレリウス・ウァレリウス・ディオクレティアヌス(Gaius Aurelius Valerius Diocletianus。244~311年。皇帝:284~305年)は、「帝国の安定化に努め『3世紀の危機』と呼ばれる軍人皇帝時代を収拾した。その過程でドミナートゥス(専制君主制)を創始し、テトラルキア(四分割統治、四分治制)を導入した。また、帝国内に勢力を伸ばすキリスト教とマニ教に対して弾圧を加えた。・・・
 当時、広大なローマ帝国の統治と防衛を単独で行うのは困難だと考えられた。そこでディオクレティアヌスは286年に軍の同僚だったマクシミアヌスに皇帝権を分与して彼を西方を担当する正帝(西方正帝)とし、自身をニコメディアを拠点に東方を治める正帝(東方正帝)とした。ここに東方正帝と西方正帝による帝国の分担統治制度が確立した(テトラルキアの第一段階)。さらに292年、それぞれの皇帝が「正帝」(アウグストゥス)として「副帝」(カエサル)を任命し、彼らにライン川とドナウ川の防衛線の維持に当たらせた。・・・
 <また、>、皇帝権と帝国防衛を強化するため、自らの軍事力を増強し、課税強化を図って官僚制を整備した。合わせて、属州をおよそ100程度に再分割し属州総督の権力を削減した。これ以降の帝政を、こうした専制的な皇帝が官僚制を通じて人民を支配した構造からドミナートゥス(専制君主制)と呼ぶ。官僚制の整備によって軍政と民政が分離したことで、属州の自立はおさえられた。この軍政と民政が分離する構造は東ローマ帝国にも受け継がれ、7世紀のイスラーム勢力侵入に合わせて軍管区制が導入されるまで続いた。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%82%AF%E3%83%AC%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%8C%E3%82%B9

⇒私は、ディオクレティアヌスの諸事績の中で、彼が、ローマ帝国の本拠を東方に移した点が最も重視されるべきだと思っています。
 キリスト教だけの聖典・・イスラム教でもその一部は聖典ですが・・たる新約聖書はギリシャ語・・但し、当時の口語的ギリシャ語たるコイネーであり、古典ギリシャ語ではない・・で書かれており
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%B4%84%E8%81%96%E6%9B%B8
キリスト教をユダヤ人達以外に布教した事実上最初の人物であって、キリスト教の宗祖とも言われるパウロ(Paul)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%82%A6%E3%83%AD
の母語もギリシャ語(コイネー)である
https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_the_Apostle
ところ、要は、キリスト教はヘレニズム世界の産物であるからです。
 ディオクレティアヌスは、ローマの東部、すなわち、ローマの新たな本拠地、を、ヘレニズム世界化する契機を作り、このヘレニズム世界の産物たるキリスト教がローマの国教となる契機をも結果として作った、というのが私の見解なのです。

(続く)

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