太田述正コラム#9635(2018.2.9)
<キリスト教の原罪(その12)>(2018.5.26公開)

 「ローマ帝国の晩年、そして、キリスト教の初期において、自分達の諸身体を見て色欲に囚われることを恐れて、洗おうとしなかった聖職者達がいた。
 若干の者達は、自分達の裸体をヤシの諸葉で織った一揃いの服で隠した。
 ある者は、自分の頭をも覆った毛皮の上下服をデザインした。
 口と鼻のための諸穴はあったが、明らかに、両眼のための諸穴はなかった。
 <また、>しゃべらないことを思い起こさせるために、自分の口の中に石を入れたまま3年間を過ごした修道僧もいた。
 他の者は、非常に激しく泣いたので、その諸涙が彼の胸のところに穴を穿った。
 この4つを全部やってのけた者達もいた。
 修道院制度の創建者達の一人である聖アントニウス(Anthony)<(注24)>は、豚小屋を自分の家にした。

 (注24)聖大アントニオス(希語)。「3世紀のエジプトで生まれ、敬虔な両親にキリスト教徒としての教育を受けたという。20歳になった頃両親と死別、その後財産を貧しい者に与え、自らは砂漠に籠もり苦行生活に身を投じる。町での説教で心を打たれた修道僧らと開いたのが修道院の始まりだという。・・・
 諸々の誘惑を象徴するかのような怪物に囲まれ、苦闘する聖アントニオスの姿は美術の題材として好まれ、代表的なものは『聖アントニウスの誘惑』として知られる、ヒエロニムス・ボス、マティアス・グリューネヴァルト、マルティン・ショーンガウアーの作品や、『聖アントニウス』として知られるアルブレヒト・デューラーの作品など。・・・
 文学<では、>ギュスターヴ・フローベール『聖アントワーヌの誘惑』<がある。>」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%88%E3%83%8B%E3%82%AA%E3%82%B9

⇒釈迦の瞑想を妨げるために現れたとされる魔人マーラの説話
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A9
を思い出しますね。
 案外、この仏教説話が流用されたのかもしれません。(太田)

 登塔者聖シメオン(Simeon Stylites)<(注25)>は、柱の上に37年間立ち続け、ついに、両足が裂けた(burst open)。

 (注25)390?~459年。「アナトリアのキリキア州に羊飼いの息子として生まれ・・・13歳の時に・・・修道院に入った。・・・<後に、塔の上で生活するようになり、次々に塔を代え、最終的に>、高い塔(約18メートル〈60フィート〉)を築き、頂上(推定およそ4メートル〈12フィート〉四方)に小屋を建て、そこで絶え間なく神に祈祷した。シメオンは神に喜ばれ、奇蹟を行うようになったと伝えられる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E5%A1%94%E8%80%85%E3%82%B7%E3%83%A1%E3%82%AA%E3%83%B3
https://en.wikipedia.org/wiki/Simeon_Stylites (<>内)
 「両足が裂けた」的な記述は、上掲両ウィキペディアには見当たらない。

⇒日本の宗教的苦行と言えば、修験道の滝行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%AE%E9%A8%93%E9%81%93 ※
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BB%9D%E8%A1%8C
や千日回峰行
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%97%A5%E5%9B%9E%E5%B3%B0%E8%A1%8C_(%E6%AF%94%E5%8F%A1%E5%B1%B1)
を思い出します。
 (修験道は神仏習合(※)ですが、)釈迦自身は、苦行では悟れなかった
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%88%E8%BF%A6
はずなのですがね・・。(太田)
 
 (注26)「脳科学によれば神経伝達物質にエンドルフィンというのがあり、これは一定以上の苦痛を受けると、それを緩和するために幸福感をもたらす作用があるといわれる。この説に従うと宗教者が苦行の果てに神や仏を見出す事に生物学的説明がつく。・・・
 イエス本人も荒野での修行や十字架刑に架けられるという苦行を経ているが、正統派教義では外在存在である神への信仰を重視するため、内にある神性を求めるという苦行の動機が薄かった。しかし神秘主義や聖アントニウスに始まる修道士の流れでは禁欲によって神に近づこうという傾向がある。14世紀のイタリアではペストの流行によって社会不安が蔓延し、ドミニコ会修道士の指導のもと鞭で体を打つことで贖罪を行い、功徳を得ようとする「鞭打ち苦行団」が組織された。鞭打ち苦行団はドイツとフランスでも組織された・・・
 イスラム教における苦行<としては、>体を方向感覚が麻痺するほど回転させて行う苦行がスーフィズムに見られる。」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8B%A6%E8%A1%8C
 この邦語ウィキペディアは、禅宗の座禅を苦行としているように読めるが、疑問だ。

(続く)

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