太田述正コラム#0582(2005.1.2)
<北朝鮮の窮状(その1)>

1 始めに

 一昨年、北朝鮮は事実上米国に降伏した(コラム#115、117、170、171)が、昨年5月の小泉首相再訪朝によって、2006年以降の早い時期に米国による北朝鮮核関連施設への先制攻撃が行われたり、その結果として北朝鮮の体制が崩壊したりする可能性はまずなくなった(コラム#359??362)。しかし、北朝鮮は内部から崩壊しつつある(コラム#430、433)。
 以上が、北朝鮮に関するこれまでの私の説明です。
 これまでのおさらいをした上で、最新の状況をご説明することにしましょう。

2 おさらい

 2002年9月の一回目の小泉・金正日会談(コラム#59、171)で金正日は日本に拉致問題で謝罪をし、5人の日本人拉致者を帰国させましたが、その後、同じ年の5月に、金正日が、現在韓国の最大野党ハンナラ党代表の朴槿恵(パク・クネ)議員と会った時に、1968年に起きた「青瓦台事件」(注1)について「大変悪いことをした」と謝罪していたことが明らかになりました(http://www.asahi.com/international/update/1027/001.html。2004年10月27日アクセス)。

 (注1)青瓦台事件は、1968年1月に北朝鮮の武装スパイが大統領官邸付近まで侵入して銃撃戦を展開した事件。朴代表は当時の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領の娘。

このように、2002年に、金正日が異例にも(しかも立て続けに)外国の要人に頭を下げ、その上日本人拉致被害者を帰国までさせたことは、2001年の9.11同時多発テロの後に米国がアフガニスタンに軍事力を投入して体制変革を行ったことで、いかに北朝鮮が強い危機意識を持ったかを示すものです。
こうして、既に籠絡済みの韓国の与党勢力に加えて韓国の野党勢力と日本を籠絡することによって、北朝鮮周辺の米国の二つの同盟国と米国との離間を図った上で、北朝鮮は同じ2002年の10月に今度は米国に対し、高度濃縮ウランを使った核兵器開発を進めていることを認め(コラム#67)、米国を恫喝することで米国に北朝鮮の体制変革を断念させようと画策しました。
ところが、米国は北朝鮮を相手にせず、六カ国協議に応じるように中国も使って北朝鮮に働きかけ、結局北朝鮮は日本を含めた六カ国協議に応じるはめとなり、北朝鮮は日本人の拉致問題を「解決」しない限り体制保証を得る見込みがなくなったのです(コラム#170)。
2003年に米国は今度はイラクに軍事力を投入して体制変革を行い、一方で対北朝鮮軍事力行使の準備を着々と進めます(コラム#360)。
追いつめられた北朝鮮は、起死回生の一手として、昨2004年5月、拉致被害者の家族の引き渡しで釣って小泉首相を(米国の意向に逆らってまで)再訪朝させることに成功し、実際に家族8人を日本に引き渡すという、私の予想(コラム#171)を超える大盤振る舞いを行うことによって(注2)、日本の世論を一旦は好転させることに成功します。この結果、冒頭述べたように、北朝鮮は日米の離間に成功し、米国によって核関連施設への攻撃を受けたり体制変革をさせられたりする可能性は遠のいたかに見えました。

(注2)曾我ひとみさんの家族がジャカルタから日本に渡ってしまったことは北朝鮮にとっては予想外であったことからして、私の予想がはずれたわけでは必ずしもない。

3 最新の状況

ところが、北朝鮮が死亡したと主張している拉致者の死亡を裏付ける資料が余りに杜撰であったため、日本の世論は再び、しかも以前より一層、硬化してしまいました。北朝鮮の思惑は完全にはずれてしまったのです。
そこで昨2004年の10月に中越地震が起きると、北朝鮮はなりふり構わない対応を行います。
北朝鮮赤十字が地震被災者に3万米ドル支援する(とともに、金正日が被災者たる朝鮮国籍者に10万米ドル支援する)、と朝鮮中央通信が報じたのです(http://j.peopledaily.com.cn/2004/10/30/jp20041030_44736.html。2004年10月31日アクセス)(注3)。

(注3)もっとも、実際にこれらの約束が実行されたのか、実行されたとしても朝鮮総連あたりがたてかえたのか、は不明。ちなみに当時、中国の赤十字は10万ドル被災地に支援すると表明した(http://j.peopledaily.com.cn/2004/10/29/jp20041029_44694.html。2004年10月31日アクセス)。

(続く)

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