太田述正コラム#0652(2005.3.7)
<アラブ世界における自由・民主主義化のうねり>

 (日立製作所シリーズをめぐって、活発な論議が私のHPの掲示板上で行われています。また、このシリーズに関する私宛メールも何本か届いています。様々なご意見をいただき、感謝しております。皆様からの投稿・メールを引き続きよろしくお願い申し上げます。)

1 まずは訂正

以前(コラム#612で)、「イラクでの暫定国民議会選挙・・は、アラブ世界において、先般行われたパレスティナにおける事実上最初の完全に自由な選挙(しかも女性が選挙に参加)に続く、二番目の完全に自由な選挙、ということになります。この二つの選挙を、それぞれイスラエルと米国等という外国勢力の占領下でしか行いえなかったところに、アラブ世界における自由・民主主義の憂うべき現状が現れています。・・イラク以外のアラブ諸国は(特殊なレバノンはさておき)、いずれも非自由・民主主義的な体制下にある」と申し上げたところですが、実はアラブ世界で最初に完全に自由な選挙を、しかも自主的に実施した、自由・民主主義国があるのを忘れていました。
アラビア半島の先端に位置するイエーメン(Yemen)です。
 イエーメンでは、1990年5月に南北イエーメンが統一した時点から次第に自由・民主主義化が進展し、2003年4月に完全に自由な選挙が実施されています(注1)。

 (注1)イエーメンの自由・民主主義化の経緯については、いつかご紹介したい。

 もっとも、昨年9月からジャーナリストへの弾圧が始まっており、イエーメンの自由・民主主義の先行きに、にわかに暗雲が立ちこめてきています。
(以上、http://www.metransparent.com/texts/jane_novak_al_khaiwani_democracy_and_yemen.htm及びhttp://www.al-bab.com/yemen/artic/bw1.htm(どちらも3月7日アクセス)による。)

2 アラブ世界における自由・民主主義化のうねり

 この二ヶ月というもの、アラブ世界には自由・民主主義化のうねりが押し寄せてきています。
 イラクで暫定国民議会選挙が行われ(上記)、パレスティナで議長と地方議会の選挙が行われ(上記)、サウディで初めて(男子有権者による)地方議会選挙が行われ、レバノンでは民衆運動の高まりでシリア寄りの首相が辞任に追い込まれ、シリア軍のレバノン完全撤退の可能性が出てきましたし(注2)、2月末にはエジプトでムバラク(Hosni Mubarak)大統領が、今年行われる大統領選挙に複数の候補が立候補することを認めたのです(注3)。

 (注2)直接の引き金になったのは、2月14日の「反」シリアの元首相ハリリ氏(Rafiq Hariri)の暗殺だった。この暗殺にシリアが関与しているかどうかは不明。
 (注3)もっとも、大統領選挙に立候補するためには、公認政党の党員であって、ムバラク与党が圧倒的多数を占める議会の承認を得なければならない。(エジプトで最も強大なイスラム政党であるモスレム同胞団(Muslim Brotherhood)は非合法化されている。)
     ちなみにムバラクは、1981年に権力を掌握して以来、単独立候補した不公正な国民投票で四度90%以上の得票率で再任されてきた。しかもエジプトは、この25年間、緊急体制下に置かれてきており、大統領は絶対的権限を持つ。

 このうねりの源は、何と言っても、2003年の米国等によるイラク戦争であり、フセイン政権打倒でしょう。うねりの嚆矢のイラク暫定国民議会選挙は、これによって可能になったからです。
 また、イラク暫定国民議会選挙と同じく今年1月に行われた、アラブ世界民主化を訴えたブッシュの大統領就任演説も忘れるわけにはいきません。
 アラブ世界の自由・民主主義化の地ならしをしたものとしては第一に、1996年にカタールのドーハに衛星TV局アルジャジーラ(al-Jazeera)が設立されたことを挙げなければなりません。
 英BBCで訓練を受けたジャーナリスト達によってアルジャジーラは、アラブ世界では初めての、欧米水準のニュース番組の提供を始めたのですが、1998年に検閲が廃止されたことによって、同局は、一層生彩を増し、その反米的スタンスとあいまって、アラブ世界で爆発的な人気を博するようになったのです。
 地ならしをしたものの第二は、アラブ世界だけの話ではありませんが、インターネットという、各国政府による規制が困難なメディア/通信手段の普及です。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/0228/p01s02-wome.html(2月28日アクセス)、http://www.time.com/time/columnist/karon/article/0,9565,1034169,00.html?cnn=yes(3月5日アクセス)、及び(http://observer.guardian.co.uk/international/story/0,6903,1431498,00.html(3月6日アクセス)による。)