太田述正コラム#0654(2005.3.9)
<EUによる対中武器禁輸解除問題の本質>

1 始めに

森岡剛さんが「EUによる対中武器禁輸措置の解除?」(コラム#613)を書かれた時から、私自身もこの重要な問題で、一言あってしかるべきだ、と考えていました。
 私はこの問題について、かねてから私が世界の近現代史の基調と指摘してきたところのアングロサクソン文明対欧州文明の対立の再燃を意味すると同時に、英国のローカルパワー化を象徴するものである、と考えています。

2 アングロサクソン文明と欧州文明の対立の再燃

 (1)欧州の策謀
現在、EUは中国の最大の輸出先であり、逆に中国はEUの二番目の輸出先です。
EUの直接的なねらいは、対中武器禁輸解除をすることによって、武器を中国に売り込んだり武器の共同開発に乗り出したりすることであり、かつまたそれをきっかけにして中国との経済関係の一層の密接化・拡大化を図るところにあります。
しかし、対中武器禁輸解除に向けてEUの音頭をとっているフランスの真のねらいは、中国と提携して米国を覇権国の地位から引きずり下ろすところにあります。
実際、昨年10月の北京訪問時に、シラク仏大統領は、フランスと中国は、(現在の米国一極支配の世界を改めて)多極的世界にすべきであるとの世界観を共有している、と言ってのけたものです。
本当にEUが対中武器禁輸解除をするようなことになれば、これはEUが戦略的パートナーを、米国から中国に乗り換えた、ということであり、21世紀史をゆるがす大事件となるでしょう。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/0224/dailyUpdate.html(2月25日アクセス)による。)
 シラク大統領を突き動かしているものは一体何でしょうか。
 18世紀の7年戦争における英国のフランスに対する勝利によって、アングロサクソンの世界支配が確立(コラム#457、459)し、爾来、この世界支配を打ち破ろうと、フランスとドイツが次々に欧州を代表して反旗を翻したものの、敗れ続け、ついに第二次世界大戦におけるナチスドイツの敗北でとどめをさされた、という経緯があります。
EUの結束強化と拡大、並びにフランス主導下の仏独同盟の確立によって、フランスが欧州を代表して、この積年の遺恨を晴らす機会がついにやってきた、とシラクは考えているのでしょう。
しかも、そのやり方は陰険そのものです。
第一に、既に述べた非自由・民主主義国中国との提携です。
まさにここに、反自由・民主主義文明である欧州文明の真骨頂が如実に表れています。
当然のことながら、中国における共産党独裁や人権状況には目をつぶり、自由・民主主義国家である台湾の安全の確保などは無視するわけです。
 第二に、引き続き米国に世界の平和と安定のための軍事的努力を一手に行わせ、欧州はこれにただ乗りする、という「政策」です。
 EU諸国の国防費を全部足しても米国の国防費の半分弱にしかなりません。しかも、EU諸国の大部分を占める旧西側諸国の軍事力は、冷戦下の欧州内での静的な防勢作戦のためのものであり、世界を股にかけて行動し、戦闘できる部隊は、全軍事力の5%しかありません(注1)。これに対し、米国は全軍事力の70%をこのような用途に投入できます。(http://www.nytimes.com/2005/03/06/opinion/06friedman.html?8hpib=&pagewanted=print&position=。3月8日アクセス)

 (注1)とりわけ、EU諸国の戦略機動空中輸送能力はゼロに等しい。

 結局、国連やNATOの平和維持活動のレベルを超えることについては、EUは基本的に米国におまかせ、ということにならざるをえません。
 フランスやドイツは、この状態を維持するつもりでいます。
 その一方で、フランスはドイツとともに、或いは中国と提携して、外交的に米国の行う「戦争」の足をひっぱり、国連安保理ではお墨付きを与えることに抵抗し、米国に各国が加勢することを妨げ続けるでしょう。
 これに加え、フランスは、対中武器禁輸解除によって、中国の武器の近代化が促進され、その対台湾攻撃力が増大し、台湾防衛に米国がより多くの軍事力を振り向けざるをえないようにしようとしている、とさえ考えられるのです。
 これらすべては、米国を心理的・財政的に疲弊させることによってその没落を促進することを企図したものなのだ、と考えれば説明がつきます。

 (2)米国の怒り
以上のような欧州の策謀に対し、米国の怒りのボルテージは高まる一方です。
2月の上旬には、米下院でEUの対中武器禁輸解除への動きを非難する決議案が賛成411票、反対3票の圧倒的票差で可決されました。
また、2月の中旬、訪問先のブラッセルで、ブッシュ米大統領は、EUの対中武器禁輸解除が中国への軍事技術の移転につながり、その結果中台間の軍事バランスが覆ってしまう可能性に対する「深い憂慮」が米国内にあることを指摘したところです。
(以上、http://www.nytimes.com/2005/02/22/international/europe/22cnd-prexy.html?pagewanted=print&position=(2月23日アクセス)による。)

3 英国のローカルパワー化

 英国が、この問題に関し、欧州と米国の仲介者的役割を捨て去り、結果的に欧州の側に立ったことには感慨を禁じ得ません。
 英国が1997年に香港を中国に返還してからというもの、英国民は次第に北東アジアの政治情勢に関心を失うようになり、いまや台湾の運命のことなど念頭にない一方で、中国の経済力が大きくなり、今年中にはGDP世界第四位の座を英国から奪おうとしていて、英国にとって中国との経済関係の増進が極めて重要になりつつあること、がこの英国のスタンスの背景にあります。
(以上、http://www.guardian.co.uk/elsewhere/journalist/story/0,7792,1424443,00.html(2月25日アクセス)及びhttp://www.taipeitimes.com/News/edit/archives/2005/03/09/2003245551(3月9日アクセス)参照)
 これは、かつて世界の陸地の四分の一を支配していた英国が、先の大戦後その帝国を失ったものの、英国に代わって世界の覇権国となった米国と手を携えつつ、引き続き世界全体の平和と安定に強い関心を持ち続けてきた、という歴史に、少なくとも北東アジアにおいては、最終的に幕を下ろしたことを意味します。
 しかし、幕を下ろすことはやむをえないとしても、一体英国は、1989年の天安門事件で息子を人民解放軍に殺された、一元教授(女性)の次の声にどう答えるつもりなのでしょうか。
 「フランスとドイツはいつも経済的利益を優先しますが、私は英国が原理原則を重視することに期待し、ブレア首相が武器禁輸措置解除に反対するよう願っています。」(注2)(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4326341.stm。3月8日アクセス)

 (注2)常に公安の監視下に置かれているこの元教授の認識が不十分であることはやむをえなが、まことにしのびないことに、「フランスとドイツは邪な政治的利益を優先しており、英国は英国で、(北東アジアに関しては、)アングロサクソン的原理原則を放擲し経済的利益を優先するようになった」というのが正しい。

4 日本に求められるもの

 そうなると、(少なくとも北東アジアにおいて)英国の後を埋めるのは、アングロサクソン文明と親縁性のある日本文明の日本、ということにならざるをえません。
 日本は一刻も早く米国の保護国的地位から脱し、米国の対等なパートナーとして、集団的自衛権の行使ができるように措置すべきです。
 その上でまずは、もう一つのアングロサクソン国、オーストラリアとの連携を強めるべきでしょう。
 このたびのイラクにおける日豪連携(http://www.csmonitor.com/2005/0302/p07s01-woap.html。3月2日アクセス)は、その方向性を示すものとして注目されます。