太田述正コラム#701(2005.4.23)
<新法王評をめぐって> 
 (近隣の国の話を続けて書いていたら、メーリングリスト登録者数が急速に回復して1219名になりました。新記録達成まで後6名です。申し訳ないが、今回は全く別の話題です。今までの経験ではてきめんに登録者数が減るはずです。準グローバルパワーの日本国の国民の皆さん。近隣の国以外の話題にもぜひ関心を持ってください。そして、どうか登録解除しないで踏ん張ってください。)

1 始めに

 ラツィンガー(Joseph Ratzinger。1927年?)枢機卿(注1)がコンクラーベで第265代の法王に選出され、ベネディクト16世(Benedict XVI)となりました。

  • (注1)彼が生まれたのは、ドイツ南部のババリア地方のアルプスを望む小さい町で、国境を挟んだオーストリアのザルツブルグの近郊であり、幼少時からピアノに親しんだという。私事にわたるが、私は小4の1958年の夏、(滞在していたエジプトから)母親とともにザルツブルグに赴き、民家に間借りして一ヶ月間、モーツアルト音楽院(Mozarteum。http://www.moz.ac.at/english/soak/)のピアノ夏季講習を受けた。その折、近郊のドイツの村の日本人妻の家を母親に連れられて訪問したこともある。今でもこの地域の人々の純朴さと親切さが印象に残っている。

 ドイツ出身の法王としては、482年ぶりです。
 この新法王が14歳の時にヒットラー・ユーゲント(Hitler Youth)に入り、16歳の時にドイツ国防軍に入った(注2)ことに関して、英独の新聞の間で時ならぬ論戦が起きています。
 (以上、ベネディクト16世については、http://kotonoha.main.jp/2005/04/20benedictus.html(4月22日アクセス)による。)

  • (注2)当時はヒットラー・ユーゲント入りも国防軍入りも、強制だった。後者(徴兵)を拒否すれば強制収容所入りであり、殺される可能性もあった。

2 新聞の見出しをめぐる英独論争

 英国の三大大衆タブロイド紙のサン(Sun)(http://www.thesun.co.uk/article/0,,2-2005180898,00.html)(注3)・ミラー(Mirror)・メール(Mail)のみならず、高級紙のガーディアンまで(http://www.guardian.co.uk/pope/story/0,12272,1463902,00.html)、「ヒットラー・ユーゲントから法王へ」的な見出しをつけた(注4)ことに、欧州で発行部数一位の大衆タブロイド紙であるドイツのビルド(Bild)紙がかみついたのです。

  • (注3)サンは、これに加えて、新法王を「元・第二次大戦時の敵の兵士」と形容した。
  • (注4)お固いロイター通信社も負けておらず、「ベネディクトの<初>ミサにドイツ人<観衆>の侵略(invasion)は見込まれず」という見出しの記事を配信した。

 ビルド紙は、「英国人、ドイツ人法王を侮辱」という大見出しをつけ、コラムニストによる公開質問状を掲載しました。「サン等の編集部員には悪魔が加わっているに相違ない。腐臭が漂っている。これらの新聞を読んだ人はヒットラーが法王になったかと思うかもしれない。ドイツ人は、たとえ法王でも全員ナチだと言うんだな。白痴どもめ。」という趣旨の激しい公開質問状です。
 (以上、http://blogs.guardian.co.uk/news/archives/world_news/2005/04/21/still_mentioning_the_war.html(4月22日アクセス)による。)
 この種の英独間のさやあてが決してめずらしくないことは、以前の私のコラム(#596)を読んだ方ならお分かりでしょう。
 ですから、これだけのことであれば、英国の各新聞とも、新法王が決してナチス・シンパではなかった、という趣旨のことを記事の中で断っているので、話はおしまいです。
 しかし、なおかつこの新法王に対し、英国の高級紙、そして更に米国の高級紙が、おしなべて厳しい評価をしている、となると見過ごすわけにはいきません。

3 米英プレスによる否定的な新法王評

 米国の方から始めましょう。
 NYタイムスは、新法王は、厭うべきナチス時代を身をもって経験したことから、ナチスのような政治的全体主義(=自由の抑圧を通じての非人道的ドグマの押しつけ)には教会(ecclesiastical)全体主義(=カトリック教会機構内の自由の抑圧を通じてのカトリックの人道的ドグマの墨守)で対抗しなければならないという信念を抱くに至った、と指摘します。
 しかも、(若き日のシュレーダー首相やフィッシャー外相らがリーダーだった)1960年代のドイツ左翼の激しい反政府行動や、その過激派によるテロを目の当たりにして、この信念は一層強固になったというのです。
 そして「全体主義」者たる新法王は枢機卿時代に、(共産主義というもう一つの政治的全体主義を身をもって経験した)前任ヨハネ・パウロ2世の片腕として、中世的・反宗教改革的・反近代的な宗派にカトリック教を回帰させるべく、価値相対主義・カトリック教以外の宗派や宗教も救済をもたらす点で何ら変わりがないという観念・ラテンアメリカの解放神学(liberation theology)・同性愛・女性の神父登用・教会の分権化、等を頑固なまでに排斥してきた、と批判するのです。
 (以上、http://www.nytimes.com/2005/04/20/international/worldspecial2/20profile.html?pagewanted=print&position=(4月21日アクセス)及びhttp://www.nytimes.com/2005/04/21/international/worldspecial2/21germany.html?pagewanted=print&position=(4月22日アクセス)による。)

 次に英国です。
 ガーディアンの論説の新法王評も容赦ないものです。
 この論説はまず、欧州は世界中でもっとも宗教離れ(=世俗化)した地域となったとした上で、新法王が枢機卿として補佐した前法王の時代錯誤的なスタンスによって、欧州のカトリック離れ、すなわち世俗化が一層進展したところ、新法王が前法王同様、カトリック教のドグマの純粋性を守るためには信者が減ってもよいと考えている以上、新法王の下で、欧州のカトリック離れ、すなわち世俗化が更に促進されることは必至だ、と断定します。
 そして、特に問題なのは、イスラム教徒が欧州で増え続けているというのに、新法王のイスラム教嫌いの度合いが尋常ではないことだ、というのです。
 その例証としてこの論説は、昨年の8月、当時枢機卿だった新法王はフィガロ誌のインタビューで、欧州は地理的概念ではなくキリスト教と結びついた文化的概念であるとし、イスラム国トルコは欧州の一員たりえないのであってアラブ世界の側に属する、と述べたこと等を紹介しています。
 (以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1464758,00.html(4月22日アクセス)による。)

4 コメント

 私は、これらアングロサクソンの高級紙の新法王に対する厳しい評価は、私が言うところの、近現代史を貫くアングロサクソン文明と欧州文明とのせめぎあい、の最新の現れである、と考えています。
 つまり、前法王の時から遅まきながらカトリック教会が、欧州文明が生み出したところの民主主義独裁(民主主義的全体主義)の最新形態であるファシズム/共産主義に対抗すべく、欧州文明の原初形態(=プロト欧州文明=カトリック教全体主義文明)への回帰を試み始めたのだが、この前法王を枢機卿として補佐した新法王は、この前法王の路線をより厳格に踏襲することになるだろう、そしてその結果欧州の退廃と混乱は増すだろう、と(ファシズム/共産主義そしてカトリック教がいずれも大嫌いな)アングロサクソンは、冷ややかに、かつ懸念を持って新法王を見ている、ということなのです。

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