太田述正コラム#702(2005.4.24)
<風雲急を告げる北東アジア情勢(その10)> 
  ケ 台湾企業も標的に
 今回の反日行動期間中に台湾企業一社が攻撃対象になったことも見過ごせません。
 中国の広東省の潮州にある台湾企業の現地工場(授業員約5,000人)に数千人の群衆が押しかけ、施設を破壊し、物品を持ち去ったといいます。被害を受けたのは世界第三位の乾電池メーカーである美美電池(B.B. Battery Co.)であり、廃水が海水を汚染したとして住民が工場に改善を要求していたが、工場側の対応を不満とした数千人の群衆が15日に工場を取り囲み、翌16日、傍観していた警察を尻目に工場内に入って騒いだものです。施設の破壊など被害は1億円以上とされ、同社は操業停止に追い込まれました。
 これは、台湾においては、反国家分裂法採択と連動した台湾企業叩きだと受け止められています。
 (以上、http://www.asahi.com/international/update/0417/011.html?t(4月18日アクセス)及びhttp://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/04/18/2003250952(4月19日アクセス)による。)
 ここで思い起こされるのは、今回の反日行動の過程で、日本製品の看板・日本車・日本食レストランのほか、日本企業の工場も攻撃対象になったことです。
 同じ広東省の東莞にある電子部品メーカー「太陽誘電」の現地法人工場(従業員約7,000人)で16日、賃金などの待遇改善を求める集会でリーダー格の2人が日本製品ボイコットなどを訴え始めたのを機に、大規模な反日集会に発展し、歴史教科書問題や日本の国連安全保障理事会常任理事国入り反対を掲げて従業員約2000人がデモ(事実上のストライキ)を行い、工場の窓ガラスや食堂施設を壊す騒ぎが起き、工場側の通報で大量の治安要員が鎮圧に当たり、装甲車も出動しました(http://www.sankei.co.jp/news/050417/kok036.htm。4月18日アクセス)。
 また、やはり同じ広東省の深センにある通信機器メーカー、ユニデンの工場で18日から、何の予告もなく、また具体的要求も掲げず、従業員約1万7000人が一斉ストライキに入りましたが、スト中の給料を支払うことや責任者を罰しないことを経営側が約束し、21日夜、ストは中止されました(http://www.sankei.co.jp/news/050421/kok066.htm(4月22日アクセス)、及び(http://www.asahi.com/business/update/0423/003.html?t(4月23日アクセス))。
 これは、中共当局の指示の下、いつ何時でも、特定の日本企業の中共内の工場に対し、従業員や群衆をけしかけることによって損害を加えられることを見せつけたものでしょう。しかも念が入ったことに、日本政府が台湾問題に手出しをしたら、台湾企業の工場のように操業停止だよ、と脅したわけです。

  コ 中共当局の発言
 以上、今次反日行動の目的が台湾問題であることを様々の角度から浮き彫りにしてきたわけですが、このことは、一連の中共当局の発言からもはや明らかだ、と言って良いでしょう。
 まず、17日に北京で開催された日中外相会談では、李肇星外相が言及した唯一の具体的外交案件が台湾問題でした。
 同外相は、歴史認識問題にも言及しましたが、歴史認識問題は具体的外交案件とは言えません。この関連で注目すべきは、文字通りの具体的外交案件であるところの、日本によるガス田開発に係る民間企業への試掘権設定手続き開始、について、何の言及も行わなかったことです(注13)。
 (以上、http://www.asahi.com/politics/update/0417/008.html?t及びhttp://www.sankei.co.jp/news/050417/sei040.htm(どちらも4月18日アクセス)による。)

  • (注13)今回の反日行動は、北京オリンピックまでに打ち切ることとした対中ODA(円借款)に係る日本政府決定に対する意趣返しであり、あわよくばこの決定を撤回させようというのが目的だ、とする指摘が散見される。
    昨年11月末の小泉首相と中国の温家宝首相の会談で小泉首相が対中ODA打ち切りの意向を表明したところ、温家宝首相は「理解しがたい。ODAを中止すれば両国関係は、はじける」と激しく反発したものの、結局これをしぶしぶ受け入れさせられた。中共当局は、(内心)対中ODAを日支間の戦争の賠償的なものとして受け止めてきたことと、1972年の日中国交回復以来の300億ドルにもなる対中ODAが中共の経済インフラの整備に大きな役割を果たしてきたことから、納得はしていないという。
    しかし、だからといって、今回の反日行動の目的をここに求めることには無理がある。
    中共の一般国民が日本からの円借款供与の事実そのものを知らされていない以上、中共当局として、反日行動の原因の一つは民衆の円借款打ち切りへの怒りだ、とは言いにくい上、当局が(内心)賠償だと受け止めてきたとはいえ、国際常識に照らせば円借款は先進国から後進国への善意による経済援助以外の何物でもないのであって、「もう後進国ではないから円借款は卒業されたらいかがですか」と言われて、「まだ後進国(中共の一人当たりGNPは1000米ドル程度であるのに対し、日本政府のODA対象国は一人当たりGNP3000米ドル未満(太田))ですし、国民も怒っているので、引き続き円借款をお願いします」とは、面子を何よりも重視する中共当局として、口が裂けても言えないからだ。
    (以上、事実関係については、http://www.nikkei.co.jp/neteye5/tamura/index.html (4月22日アクセス)並びに(http://www.mainichi-msn.co.jp/kokusai/america/news/20050424k0000m030123000c.html及び(http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/4473415.stm(どちらも4月24日アクセス)による。)

 この中共当局の方針は、末端の外交担当者にまで徹底されています。
 中国外務省米国課から米ブルッキングス研究所に短期留学中の30歳の外交官は、毎日新聞のワシントン特派員に対し、今回の反日行動の原因について問われて、市民レベルはともかくとして、政府・知識人レベルとしては、「日米の軍事関係強化・・<とりわけ>日米<が>(2月の日米安全保障協議委員会で)台湾問題を初めて日米同盟の問題に位置づけた」ことだ、と答えています(毎日新聞上掲)。
 だめ押しは、ジャカルタでの23日の日中首脳会談です。会談終了後の記者会見で、胡錦涛主席自ら、「最近、日本は自分自身が行った歴史問題と台湾問題に係る誓約を破った。これが中共とアジアの人々の感情を傷つけた」と論点を解説してみせたのです(http://www.nytimes.com/2005/04/24/international/asia/24china.html?pagewanted=print&position=。4月24日アクセス)。

(続く)