太田述正コラム#716(2005.5.8)
<プーチンの戦勝60周年記念(その1)> 
1 始めに

 明5月9日は、ソ連の対独戦勝記念日であり、今年は60周年にあたることから、ロシアのプーチン大統領は、各国首脳を呼んで盛大に記念式典を挙行しようとしています。
 しかし、リトワニア・エストニア・グルジアの三カ国の首脳が出席を拒否したことや、ラトビアの首脳は出席するもののプーチン大統領にソ連によるラトビアの併合を謝罪するよう求めたことに関連し、(1)先の大戦の欧州戦域での連合国の勝利に最も貢献したのはソ連か、(2)先の大戦前後のソ連によるバルト三国の併合は侵略か、(3)ナチスドイツの支配とソ連の支配のどちらがマシだったか、について改めて論争が起こっています。

2 論争

 (1)ソ連の戦勝貢献度
 ロシアで世論調査をすると、ソ連は単独でドイツを破ることができた、と考えている者が三分の二を占め、また、半分が欧米は先の大戦におけるソ連の貢献を過小評価している、と考えているといいます。
 ドイツ軍の死傷者の80%ないし93%はソ連との戦いで発生していますし、ノルマンディー上陸作戦以降、米英等はドイツ軍58個師団と戦ったのに対し、ソ連軍は228個師団と戦わなければならなかった、といったことからすると、ロシアの世論が正しいようにも見えます。
 ドイツ側はどう考えていたのでしょうか。
 戦争が終わった後で、ナチスドイツの外相だったリッベントロップ(Joachim von Ribbentrop)は、ドイツ敗北の主な理由を三つ挙げています。ソ連の予期せぬ頑強な抵抗、米国によるソ連への原料・食糧・通信機器の供給、米英等による対ドイツ航空優勢の獲得、の三つです。
 ですから、ソ連も米英等も一方だけではドイツを破ることはできなかったであって、両者の貢献は甲乙つけがたい、ということです。
 (以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4508901.stm(5月4日アクセス)、及びhttp://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1477780,00.html(5月6日アクセス)による。)
 残された問題は、上記「貢献」における、ソ連軍の量(兵士の数)と質(柔軟性:例えば創意工夫をこらした戦術。機能性:例えば頑丈な兵器)のウェートです。
 これに関しては、1943年初め頃にはソ連軍が、死傷者やドイツの捕虜になった者の増加によって深刻な兵力の不足に直面していたこと等を指摘しつつ、ソ連軍の柔軟性と機能性こそが最終的にナチスドイツ軍の撃破につながったのであり、帰するところそれは、ソ連の指導者や政治経済体制がナチスの指導者や政治経済体制よりも優れていたからだ、という説がロシアでも米英等でも、最近まで主流を占めて来ました(コラム#400)。
 (以上、http://www.guardian.co.uk/russia/article/0,2763,1478657,00.html(5月7日アクセス)による。)
 しかし最近、このような説を否定する新しい説が唱えられ始めています。
 旧ソ連政府もロシア政府も、遺骨収集を全く行おうとしていない中で、20年前から先の大戦におけるソ連軍戦死者の遺骨収集を行ってきたロシアの民間団体があります。
 この間、政府はこの団体に1995年に限って少額の補助金を出しただけです。それどころか、2000年には警察が言いがかりをつけてこの団体の責任者の自宅と事務所を襲い、長年にわたって積み上げてきたデータベースを押収し、その後すべての嫌疑が晴れたというのに、データベースの返還には応じていないといいます。
 実は、ソ連の先の大戦による死亡者は公称2,600万人で、そのうち戦死者は公称860万人であるとされてきたところ、この団体の遺骨収集活動を通じて、戦死者の数がこれよりはるかに多いことが分かってきたのです。この団体の関係者達は、実際の戦死者は約1,400万人であったのではないかと考えています。他方、民間人の死者は700万人から1,900万人だというのです。
 政府が、かくも遺骨収集、ひいては戦死者についての情報開示に消極的なのは、戦死者の遺族には月5ルーブルの遺族恩給を支給することになっており、その支給総額が既に数十億ドルにのぼっていることから、戦死者の数をこれ以上増やしたくないからだ、と考えられています。
 いずれにせよ、戦死者が860万人であれば、ソ連軍とナチスドイツ軍との相互戦死者比率は、前者が後者の2?3倍であるのに対し、戦死者が1,400万人であれば、4?5倍に跳ね上がってしまい(注1)、ソ連軍の柔軟性とか機能性などは神話にほかならなかったことになりそうです。つまり、ソ連は、兵士の数にものを言わせ、犠牲を厭わずに兵士を投入し続けることでかろうじてナチスドイツ軍を撃破できた、ということだったようなのです。
 (以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-bodies7may07,1,1270918,print.story?coll=la-headlines-world(5月8日アクセス)による。)

  • (注1)計算根拠:ソ連の戦死者数(行方不明者数を含む。以下同じ)860万または1,400万、ドイツの戦死者数350万、うちソ連軍との間の戦死者(戦死傷者)の割合は80%または93%。なお、人口はソ連が1億9,400万、ドイツが7,800万。(ドイツの戦死者数及びソ連とドイツの人口についてはhttp://web.jjay.cuny.edu/~jobrien/reference/ob62.html(5月8日)による。)

(続)

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