太田述正コラム#7342005.5.26

<風雲急を告げる北東アジア情勢(その15)>

 (本篇は、コラム#718の続きです。)

5 反日行動の再燃

 (1)新手の反日行動

23日に中国の呉儀Wu Yi副首相は「緊急の公務」を理由に小泉首相との会談をキャンセルし予定を早めて帰国した(注19)ところ、その日の夜、中共外務省の孔泉(Kong Quan報道局長は、国営新華社通信を通じて「呉副首相の訪日期間中、日本の指導者が、靖国神社の参拝について連続して中日関係改善に不利となる発言をしたことは大変不満だ」との談話を発表し、翌24日の記者会見においてより明確に、「日本の首相、指導者が呉副首相の訪日期間中、連続して中日関係の発展に不利な発言をしたことが、会談に必要な雰囲気と条件をなくした」と述べ、「緊急の公務のため」としていた当初の説明について事実上撤回しました(注20)。

(注19)呉副首相は、小泉首相との会見の直前にセットされていた日本経団連における講演会は予定通りこなした上で帰国した。

 (20)孔泉報道局長は、「抗日戦争<で>中国<は>8年<間>で死傷者3,500万人、直接損失1,000億ドル、間接損失は6,000億ドル<にのぼる被害を受けた>。<この間>日本の軍国主義<は>中国で殺戮や婦女への暴行などをした・・日本の指導者は中国人民の感情・・を無視し、A級戦犯を祭る同神社に対する誤った態度を表明した」とも述べた。

 小泉首相の発言とは呉副首相訪日前日の16日の衆院予算委での答弁(注21)、更には20日の参院予算委での答弁(注22)を指し、指導者の発言とは、訪中した武部自民党幹事長が、中国共産党対外連絡部の王家瑞部長との21日の会談で靖国参拝に対する中国側の批判を「内政干渉だという人もいる」と指摘した(注23)ことを指すと考えられています(注24)。

 (以上、特に断っていない限りhttp://www.sankei.co.jp/news/050523/sei098.htm(5月24日アクセス)、及びhttp://www.sankei.co.jp/news/morning/25iti001.htmhttp://www.sankei.co.jp/news/morning/25pol003.htmhttp://www.asahi.com/international/update/0524/006.html?thttp://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20050525k0000m010145000c.html(いずれも5月25日アクセス)による。)

(21)自らの靖国神社参拝について「戦没者の追悼でどのような仕方がいいかは、他の国が干渉すべきでない。靖国神社に参拝してはいけないという理由がわからない」と述べ、今年中の参拝の有無を質されたのに対しては、「いつ行くか、適切に判断する」と答え、靖国神社へのA級戦犯合祀については「『罪を憎んで人を憎まず』というのは、中国の孔子の言葉だ」と述べた(http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/seiji/20050516/20050516a1820.html。5月25日アクセス)

(22)靖国神社参拝をめぐる違憲訴訟について「なぜ靖国参拝をすることが憲法違反で、私が被告人になるのか、不思議でしょうがない。個人の信条を他人が憲法違反だと言うのは理解に苦しんでいる」と提訴した原告を批判するとともに、「首相の職務として参拝しているものではない。個人として参拝しているものだ」と述べた(http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/gyousei/news/20050520dde001010048000c.html。5月25日アクセス)。

(23)日中共同声明(1972年)、日中平和友好条約(1978年)、日中共同宣言(1998年)のそれぞれに、双方の主権や領土保全の相互尊重、相互不可侵などと並び「内政に対する相互不干渉」が明記されている(http://www.sankei.co.jp/news/morning/25pol001.htm。5月25日アクセス)

(24)孔泉報道局長は、19日の記者会見においては、呉副首相と小泉首相の会談について「重要な会談で、議題も相当に広い」と述べていた。

 (2)この反日行動のねらい

 この呉副首相の小泉首相との会見のキャンセルは、非礼を絵に描いたような話であり、19日以降に急遽この方針が決定されたと考えられることや、キャンセルの理由が差し替えられた点に言及しつつ、様々な憶測が日本のマスコミ等を賑わしていますが、どれも余り説得力がありません。

英米の報道ぶりも、遺憾ながら日本における報道ぶりに引きずられています。

私自身は、この新手の反日行動を理解する鍵は、北京における22日の武部自民党幹事長及び冬柴公明党幹事長との会談の際の胡錦涛中共主席の発言にある、と考えています。

この時、日本のメディアは武部・冬柴両名からの取材に基づき、胡錦涛が「日本の指導者がA級戦犯をまつっている靖国神社に参拝すること、侵略を美化する教科書の問題、日米の(安全保障の)共通戦略目標に台湾を書き込んでいること」について、「中国人民を含むアジアの人民の感情を傷つけ、長期安定的な日中関係の発展に悪影響を及ぼす」と指摘し、、「中日関係の発展は大きなビルの建設だ。れんがを一つひとつ積み上げないとできないが、そのビルは一瞬で壊すことが可能だ」とも述べた、と報じた(http://www.asahi.com/politics/update/0522/006.html?t。5月25日アクセス)ため、あたかも靖国問題がこの会談の焦点であったかのような印象を与えました。

しかし、中国の国営メディアは国内向け・国外向けとも胡錦涛が「歴史を鑑とし、未来に目を向け・・歴史問題と台湾問題を正しく処理」すべきであると述べたとだけ報じ、靖国問題には全く触れませんでした(http://news.searchina.ne.jp/2005/0523/politics_0523_001.shtml(5月25日アクセス)。中国の国営メディアの報道ぶりについては、例えばhttp://jp.chinabroadcast.cn/1/2005/05/22/1@41466.htm5月25日アクセス)参照)。

これは、中共の最高権力者である胡錦涛が日中関係に取り組むとき、その頭の中はもっぱら台湾問題で占められている、ということを示しています(注25

25)歴史(認識)問題ないし歴史教科書問題も、実は台湾問題であると解しうることは、例えばコラム#721参照。

その日のうちか翌日に、胡錦涛は呉副首相に対し、小泉首相との会談キャンセルを命じたわけですから、この新手の反日行動のねらいもまた、前回の反日行動同様、日本に台湾問題から手を引かせるところにあったことは明白だ、と私は思うのです(注26)。

(26)孔泉のごとき下級外務官僚(局長クラスということになっているが、共産党内の序列を考慮すれば、日本の外務省の課の首席事務官程度か)の、蚊帳の外に置かれているからこその二転三転した発言などに振り回されてはなるまい。

 以上を踏まえ、もう少し胡錦涛の頭の中を覗いてみましょう。

(続く)