太田述正コラム#7422005.6.3

EU憲法の仏蘭国民投票での否決>

1 始めに

 フランスで5月29日(日)とオランダで6月1日(水)に国民投票が行われましたが、どちらの国でも、EU憲法条約の批准が否決されてしまいました。

 フランスでは投票率が55%で、反対54.87%、賛成45.13%、オランダでは投票率が63%で、反対61.6%、賛成38.4%(今後判明する郵便投票分を除く)でした。

(以上、http://cnn.co.jp/world/CNN200505300001.htmlhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4601439.stm、及びhttp://news.ft.com/cms/s/3abfe5a0-d2d1-11d9-bead-00000e2511c8.html(いずれも6月2日アクセス)による。)

 仮に最終的にこの憲法条約が廃案になったとしてもEUは引き続き2001年のニース条約に則って運営されて行くだけであってEUがなくなるわけではありませんhttp://www.guardian.co.uk/eu/story/0,7369,1495449,00.html。5月30日アクセス)

しかし国民投票の結果を受けて、6月1日だけでもユーロは米ドルに対して0.6%下がり、5月27日(金)からの下落幅2.8%を記録し、1ユーロが8ヶ月ぶりの低い水準である1.223米ドルになってしまいました(FT上掲)。

2 否決の理由

 仏蘭両国に共通しているのは、第一に、どちらも経済状況が思わしくなく、しかも両国とも現在中道右派の政府なのですが、政府の人気が低迷していることが国民投票に影響した、という点であり、第二に、どちらもイスラム教徒移民問題を抱えており、トルコがEUに加盟する(この10月に加盟交渉が開始される)ことへの反発があった、という点です。

 他方、フランスとオランダの国民のEU憲法に対する態度には相互に矛盾している部分もあります。フランスではEUの中でフランスの相対的な地位が一層低下するという懸念が抱かれているのに対し、オランダでは、自分達の国はEUで定められたルールに従って財政規律を維持しているのに、大国であるフランスやドイツが、ルールを守らないで財政赤字を垂れ流していることへの反発があります。

 (以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4601731.stm上掲、http://www.guardian.co.uk/eu/story/0,7369,1495443,00.html(5月30日アクセス)、及びhttp://www.guardian.co.uk/eu/story/0,7369,1497072,00.html(6月2日アクセス)による。)

 さて、以前(コラム#699で)、フランス等におけるEU憲法(当時、新憲章と記したが訂正)への反発は、アングロサクソン化しつつあるEU(25カ国・総人口4億5,500万人)に対する欧州大陸サイドからの反発だ、という趣旨の英ガーディアン紙のハットン(Will Hutton論説をご紹介したことがあります。

フランスでの否決の理由を更に掘り下げて行くと、このEUのアングロサクソン化への反発説にかなり説得力があることが分かってきます。

 フランスでの投票結果を見ると、共産党支持者の98%と非共産党の極左支持者の94%が反対票を投じたのですが、興味深いことに、極右の国民戦線支持者の93%もまた反対票を投じています。

 他方、シラク大統領の与党UMP支持者は80%が賛成票を投じ、同じ中道右派のUDF支持者も76%が賛成票を投じています。

 そして、中道左派たる社会党支持者は、賛成票44%、反対票56%と反対優位の形で真っ二つに割れています。

 つまり、共産主義(共産党・極左・社会党)とファシズム(国民戦線)という、欧州文明が過去に生み出した民主主義的独裁の思想の系譜につながる人々・・これらは、高失業率と低成長率を甘受してでも短い就業時間・手厚い社会保障や医療サービス等を享受したい人々でもある・・が、フランスが欧州文明を代表しているとの自負心を持って、EUのアングロサクソン化にノンをつきつけた形です(注1)。

(注1)ガーディアンのケトル(Martin Kettle)論説(http://www.guardian.co.uk/eu/story/0,7369,1495864,00.html。5月31日アクセス)は、これは、フランス国民が未成熟であって過保護な状態が続くことを願っていること、すなわちピーターパン症候群に罹っていること、を示していると容赦がない。

 英国のストロー(Jack StrawI)外相は、フランスでの投票結果が分かった時点で先手を打って、「フランスの一部の人々から<EU憲法が>「アングロサクソン」的過ぎると批判されているが、決してそんなことはない」と言明しましたが、語るに落ちた感があります。

(以上、http://www.guardian.co.uk/eu/story/0,7369,1495864,00.html上掲及びhttp://www.guardian.co.uk/eu/story/0,7369,1495449,00.html前掲、による。ただし、部分的に私の言葉に直した。)

3 否決の帰結

ガーディアンのアッシュ(Timothy Garton Ash)論説は、EU憲法条約に反対票を投じた人を調べるとその40%が同憲法がリベラル過ぎる、と批判していることを引き合いに出して、フランスでの否決の最大の理由は、やはりこの憲法がアングロサクソン的過ぎること、すなわち過度に、拡大志向(注2)・英語志向・リベラルな自由主義経済志向であること、への反発であると再確認しています。

(注2英米ともにEUへの東欧やトルコの取り込みに積極的だ。

その上でアッシュは、フランス国民は、望んだことの正反対の結果を手にすることになろうと述べ、フランスの評論家のデユアメルAlain Duhamel)の言を引用しつつ、フランスが欧州のリーダーとしての地位を自ら降りてしまったからには、仏独枢軸はもはやEUの原動力たりえなくなったとし、シラクやシュレーダーの存在は霞み、欧州はブレアのもの、英国のものとなろう、と予言しています。

ただしアッシュは、ブレアが直接動くとフランス国民等の一層の反感を買ってしまうので、ブレアは黒子に徹し、フランスのUMPでシラクの後継者と目されるサルコズィ(Nicolas Sarkozy。ハンガリー移民の子。http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/3673102.stm(6月2日アクセス))氏やドイツの野党キリスト教民主同盟(CDU)で首相候補に指名されたメルケル(Angela Merkel。東独出身。http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/4593015.stm(6月2日アクセス))女史等をうまく使って、EUのアングロサクソン化(正確には、米国と欧州の中間に位置するところの英国化、就中ブレア主義化)を図るべきだ、と締めくくっています。

(以上、特に断っていない限りhttp://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1497145,00.html(6月2日アクセス)による。)

4 感想

 帝国が瓦解した英国は、戦後の長い雌伏期を経て、ようやく自信を取り戻しつつあるようです。

しかし自信を取り戻したのは結構なことですが、感情を露わにすることやいらざる発言は避ける、というかつての美徳や賢明さを英国人が失ったように見えることは心配です。ハットン、ケトルやアッシュは、明らかにはしゃぎすぎであり、しゃべりすぎです。

とはいえ、これら英国人の情勢認識と価値判断は私も大いに共感を覚えるところであり、名実ともに欧州がアングロサクソン化、就中英国化することによって、欧州にフクヤマ流の「歴史の終わり」が到来することの一日も早からんことを心から願っています。

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