太田述正コラム#7512005.6.12

<私の経済政策(上田令子)>

 私の知人で、IT関連会社社員でかつ社会運動家でもある上田令子さんが、6/10夜に開催された東京青年会議所主催の公開討論会での発言メモとして準備されたものを、一読者で友人であるK氏から見せてもらったところ、大変面白く、私の考えとも合致するので、ご両人の了解を得て、その一部を転載させてもらうことにしました。これは東京青年会議所からの事前に指定された、10の質問の内の一つ「経済政策について」の回答部分のみを抜粋したものです。

 なお、私は2001年に民主党公認で参議院選比例区(全国区)に立候補したことがありますが、一度も民主党員であったことはなく、また、現在民主党とは何の関係もないことを申し添えます。

                                太田 述正

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東京都議会議員 選挙公認候補者予定千代田区

上田令子40

八代将軍徳川吉宗のことは皆様よくご存じのことと存じます。

 教科書では享保の改革を行った名将軍とされておりますが、彼こそが質素倹約の衣を借りたデフレ政策を採用し元禄時代から続く江戸の文化を崩壊させた張本人であり、バブル崩壊を誘発した三重野日銀総裁、橋本総理ほどに万死に価すると考えています。

 皆さんご存じですか? 吉宗と同時代の人様で尾張藩主の徳川宗春という殿様がいました。この方は吉宗とは正反対の経済政策を打って当時の多くの規制を緩和、遊興や祭りを奨励し、ひたすら消費の拡大をはかりました。当時は現在の不況と同じく吉宗は新田開発や上米を奨励しました。今で言えば民間に開発事業を任せそこで得られた利益から税を徴収したということでしょう。堅実な事業を推進した吉宗が質実剛健であったことは今に伝わっています。

ところが尾張藩主・宗春は吉宗と対照的で贅沢好き。消費経済を促進、規制緩和をして民間活力を刺激する政策をとりました。「倹約ばかりで民衆を苦しめても何にもならない」「へたに規制を増やせば、違反者を増やすだけ」と公言してはばかりませんでした。そうした言動や実際に地元で禁止されていた派手やかな行事を行ったりして吉宗に目の敵にされ、本来切腹もののところを痩せても枯れても徳川御三家のお殿様ということで最後は蟄居に甘んじるのですが、時代劇では派手好きで軽薄な殿様と描かれるこの宗春が私はどうにも憎めないのでありました。

せっかくの日本の歴史上のことですから、今の日本はここに学ぶことがあるのではないかと思っています。質素倹約令、デフレ対策で享保年間日本全体が沈殿しているなか、宗春の尾張は元気だったにもかかわらず、最後は日本全体が陰鬱な江戸時代に突入していくのです。そうそう今も名古屋尾張は元気そのものではないですか? 宗春の心意気がまだ残っているのでしょうか? だとしたら大したもんです。

さて、ここで私がお話しした宗春の打った政策とバブルの関係について注意深く皆様にお話しなくてはなりません。世間ではバブルはいけない!悪だ!ということになっていますが、バブル自体が悪者ではありません。泡が立てば泡ははじけるわけですが、そのはじけることが人々を不幸にします。バブルそのものと、はじけることの罪悪を明確に区別すべきだと考えます。

3000年に及ぶ人類の歴史を振り返った場合、経済が穏やかに成長し、人々が穏やかに豊かになった歴史を私は知りません。経済発展と一国の繁栄は必ずバブルによって短期間に達成されています。

古くはペロポネソス戦争の後のアテネ、アレサンダー王が作ったアレキサンドリア、日本では安土桃山、元禄の時代、或いは17世紀のスペイン、オランダ、そして英国、20世紀初頭のマンハッタン文化のアメリカ、近くは日本の戦後の高度成長期もそれにあたります。問題はいったん大きくなった経済、即ちバブルをいかに長期化させてはじけさせずに軟着陸させるか、あるいはそれを永続させるかにかかっています。この期間に文化が発展し定着するように思います。いや、こういう経済繁栄の裏付けなくしては文化は存在し得ないのです。

日本でもバブルの置きみやげとして生活や文化が意識の上で豊かになったということは否めない事実です。

問題は「豊かさ」そのものを諸悪の根元!と血迷ってバブルつぶしにやっきになって一挙に破裂させてしまったことです。吉宗と変わらないわけです。歴史に学べば良かったのに…

こうしてバブル崩壊時の日本は自分の手で、豊かになりつつあった社会を経済政策の限りを尽くして崖っぷちから地獄の底に突き落としてしまったのです。その後は皆様もご承知の通りのかれこれ15年になりましたが、今だにもとの低い水準にさえ戻ることができていません。

一方太平洋の向こうの国アメリカでは日本より遅れてバブルが発生、1994年頃ですね。

グリーンスパン米連邦準備制度理事会(FRB)の議長(日本で言えば日銀総裁)は経済政策手法の総力をあげてバブルがはじけないよう努力しました。もちろんこのITバブルも泡である限りはじける運命にありましたが日本と違い可能な限りはじける時間を稼いだお陰で積年の財政赤字を解消し現在のゆるぎない世界的な地位を築いていることはご承知の通りです。バブル崩壊後も軟着陸するために、あらゆる手だてを尽くしキズを最小限にとどめる手だての手をゆるめませんでした。日本とはここが違う点です。

経済学という道具をアメリカは国民の生活を守るための道具、武器として使用しました。

日本では繁栄は悪としてまるで自滅するための凶器、或いは切腹する為の小刀として経済学を使ってしまいました。日米どちらにも優秀な人材がいて一生懸命優秀な頭脳を使って経済政策を講じたことはなんら変わりがないのに、誰のために、何のために、「それは国民の幸せな生活の為に」という明確な目的意識を持っていなかったために被る利益と被害がこんなに差が開くとは残念なことでした。好調なアメリカを見るたびにため息が出るのは私だけでしょうか?

私は経済学者でもなんでもありませんから個別の対策でどう講じるかのテクニックはわかりません。ただ、言えることは経済学者を何のために、どう使うのかは、使う人の明確な目的意識次第ということであるということです。

日本の政治家やお役人には、経済学を市民(人々)の幸せな生活を作り、維持し、保証するための道具として使うという、当り前の発想が無さ過ぎたと思います。

同じ財政再建をするなら、私は吉宗型よりも宗春型で解決していくべきだと考えています。

具体的方策については私には知識も経験もないので語る資格がございません。

先ほどのグリーンスパン氏はまもなく退職されるので、是非日本に経済政策のアドバイザー或いは企画官として招聘しても良いのではないかと結構本気で考えています。

年俸1000万ドルもお支払したら来て下さるかしら?

私は経済政策の個別対策については、素人である母親が我が子の治療の為とはいえ自らの手で手術をしようとは思わないように経済対策の個別施策やそのテクニックは語れません。ただ愛する我が子のために、時にはセカンドオピニオンを収集し、どの医者に治療を委ねることが我が子を救うことになるのかの選別眼と時には医者を解任する決意と判断力を身につけておくことは大切なことと考えています。

http://www.ueda-reiko.com中のブログ「谷垣財務大臣にもの申す」と「来たれグリーンスパン」を参照。)

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