太田述正コラム#7982005.7.20

<生殖・セックス・オルガスム(その3)>

 以上申し上げてきたことを念頭に置いて、それぞれ世界の最先端を走っていると私が考えている英国、米国、日本の三つの国で、何が起こっているかを見て行くことにしましょう。

4 女性優位の時代へ

 史上初のフェミニストたるウォルストーンクラフト(コラム#71471517600)女史を生んだ英国は、経済面等における男女同権が近い将来実現しようとしており、女性優位の時代の到来すら視野に入ってきました。

 まず経済面です。

50万英ポンド以上の資産を持っている人の数が、18歳から44歳までと65歳以上で、女性が男性を上回っていることが先月公表された調査の結果明らかになりました。

 65歳以上については、女性の寡婦が夫の資産を相続するケースが多いからですが、既に44歳までについては、女性が実力で男性を凌駕している以上、早晩、45歳から54歳までを含め、女性が完全制覇する時代が目前に迫っています。

 この背景には、過去30年間で、女性の幹部(manager)の数が2%から三分の一近くまで増え、女性の就業率が42%から70%に伸び、女性の大学進学率が男性を上回るようになった、という現実があります。

(以上、http://money.guardian.co.uk/news_/story/0,1456,1531203,00.html(7月19日アクセス)による。)

 政治面でも、アングロサクソン諸国の中で最初に最高権力者の座に女性が就いたのは英国でした。「鉄の女(Iron Lady)サッチャー首相(首相在位1979?90年)がそうです。

今にして思えば、これは政治のみならず、英国における、経済面を含む女性優位時代の前兆だったのです(注8)。

 (注8)サッチャー語録の一つ、「もし誰かに言ってほしい事があれば、男に頼みなさい。でもやってほしい事があるときは女に頼みなさい。」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%B5%E3%83%83%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC。7月19日アクセス)は意味深長だ。

 そもそも、女性の方が男性より、沢山の仕事を同時にこなす能力・分別・冷静さ・忍耐力・現実的(実際的)であること・非攻撃的であること・助言を聞いて受け入れる能力、等において優れており、社会的な仕事をするのに向いていると言われている(ガーディアン上掲)だけに、仕事において基本的に膂力が必要でなくなった以上、経済面でも政治面でも男性が女性に追いつかれ、追い抜かれて行くのは必然なのかもしれません。

5 婚姻制度は崩壊へ

 婚姻制度が崩壊する最前線に立っているのは米国です。

 米国では、1900年までに、様々な避妊法が生まれる一方で、世界一離婚率が高くなっていました。

 先の大戦後、(その大戦のおかげで大恐慌の後遺症から完全に脱し、かつ大戦の被害が僅少であったことによる)圧倒的な豊かさを背景として、米国において、近代的婚姻制度を極限まで推し進めたところの、外で働く夫及び専業主婦の妻並びに二人強の子供からなる夫婦役割分担制(breadwinner/homemaker model)が世界で初めて実現し(注9)、それが世界のアングロサクソン社会やアングロサクソン的社会において模範視され、継受されて行くことになります(注10)。

 (注9)近代的婚姻制度においては、家業で夫が主、妻が従となって共に働くというのが基本であり、夫婦間で役割分担はなかった。それが、欧米で19世紀に入ってから、夫婦役割分担制を理想とする考え方が出てきた。

 (注10)ただし、日本の夫婦役割分担制は、妻が財産管理について主導権を持っていた点で、米国の夫婦役割分担制とは大きく異なる。米国では、(州によって差があるが、)歴史的経緯もあり、夫が法的にも実態的にも財産管理権を独占していた。例えば、夫は台所に水道を引くことを拒否でき、仮にその家庭に財産があったとしても、妻がそのための経費を夫に支出することを求めることは裁判上認められないとした最高裁判決が1950年代に出ている。

 そこへ、1960年に米国でピルが生まれ、婚姻や生殖とセックスが完全に切り離されます。逆に、不妊治療技術も、格段の進歩を遂げます。

 また、基本的に仕事に膂力が必要でなくなったこと(前述)から1970年代から独身女性の社会参画が進んで行くのですが、この頃までの電気掃除機・電子レンジ・全自動皿洗い機・ディスポーザー・全自動洗濯乾燥機等(注11)の電化製品の普及で、家事の負担が著しく軽減されたおかげで、妻たる女性も家事から解放されて、その社会参画も進んで行きます。それに伴い、夫による財産管理権の独占も突き崩されて行くことになります。

 (注11)日本では、ディスポーザーについては下水道の容量と流速の制約から使用が禁止されており、全自動洗濯乾燥機についても、電圧が米国等の二分の一であることから、普及が遅れた(私の知識)。

 こうして米国で、早くも1960年代半ばには、戦後実現した夫婦役割分担制は崩壊を始めます。

 ただし、夫婦役割分担制を前提とした制度や社会規範はそのまま残ったため、そのしわ寄せに働く女性は長く苦しめられることになります。

 他方、このように男女間において、婚姻・生殖とセックスとが切り離され、子供ができなくてもつくる様々な手段が開発され、役割分担構造が崩れたのを目の当たりにして、世界で初めて米国においてゲイやレスビアンが社会的認知・婚姻・子造り/子育ての権利を主張し始めます(注12)。

 (注12)かつて欧米では、同性愛は犯罪だった。同性愛の非犯罪化を初めて主張したのはイギリスのベンタム(Jeremy Bentham1748?1832年)とフランスのコンドルセ侯爵(Marie Jean Antoine Nicolas de Caritat CondorcetMarquis de Condorcet1743?94年)だった。

更に米国ではこの10年来、近代的婚姻制度そのものが崩壊しつつあります。

米国では、1981年に比べると現在離婚率こそ26%低下しています(注13)が、その反面、この10年間で結婚せずに同棲しているカップルが70%以上増加する一方で少子化が進行しています。また、「独身」の母親を世帯主とする家族の数は両親がそろっている世帯の5倍のスピードで増え続けています。ゲイやレスビアンによる子育ても少しも珍しくなくなりました(注14)。

(以上、Stephanie Coontz, MARRIAGE, A HISTORY–From Obedience to Intimacy or How Love Conquered Marriage, Viking 2005 に係る、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/06/23/AR2005062301564_pf.html(6月26日アクセス)、及び、http://www.contemporaryfamilies.org/media/news%20128.htmhttp://commentary.org/article.asp?aid=12001081_1http://www.citypages.com/databank/26/1280/article13408.asphttp://hnn.us/roundup/entries/12910.htmlhttp://sciencepolitics.blogspot.com/2005/06/stephanie-coontz-on-marriage.htmlhttp://archives.econ.utah.edu/archives/marxism/2005w18/msg00203.htm(以上、7月16日アクセス)による。)

(注13)ただし、教育水準の高い夫婦の離婚率が大きく低下する一方で、教育水準の低い夫婦の離婚率は高止まりを続けている。

(注14)注意すべきは、だからといって、米国で社会的混乱が増大してきているわけではないことだ。1990年代を通じて米国では、殺人等の重大犯罪や未成年者の犯罪・妊娠の発生率のみならず、絶対数が減り続けている、

(続く)