太田述正コラム#8502005.9.3

<カトリーナ米国を直撃す>

1 始めに

 ハリケーンのカトリーナ(Katrina)によって米国ミシシッピー州やルイジアナ州等において発生した人的物的被害は巨大であり、230万人が電気のない生活を強いられ、50万人が避難生活を送っており、ニューオーリンズ(New Orleans)(注1)の市街地はあらかた水につかり、死者は何千人のオーダーにのぼると考えられています。

 (注1)ニューオーリンズは、スペイン・フランス・英国・米国と帰属が変わり、独特の「国際的」雰囲気を持つ。100年前にジャズがここで誕生したこと、ノーベル賞作家のフォークナー(William Faulkner1897?1962年)や劇作家のテネシー・ウィリアムズ(Thomas Williams1911?1983年)がこよなく愛し、ここに居を構えたことで知られる。(http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,12271,1560149,00.html。9月2日アクセス)

1900年にはやはりハリケーンで12,000人の死者が出ており、1906年のサンフランシスコ大地震では6,000人の死者が出ていますが、これらに匹敵する、米国史上最も規模の大きい災害の一つが21世紀にもなって米国で起こったわけです。

(以上、http://www.csmonitor.com/2005/0902/p01s02-ussc.html9月2日アクセス)による。)

 この災害をめぐって様々な議論が巻き起こっていますが、そのうちの二つ、一つはこのハリケーンが超大型であったことがドイツからの米国批判を呼び起こしたことと、もう一つは、このハリケーンが、米国が自らの中に第三世界を抱えた国であることを天下に晒したこと、に触れておきたいと思います。

2 ドイツの批判

 まだ、カトリーナが温帯低気圧に変わる前の830日、ドイツのトリッチン(Juergen Trittin環境相は、次のようなコラムをドイツ新聞に寄稿しました。

 「米国の大統領は、気候を保護することを怠ったために、カトリーナのような自然災害が起きて、自分の国や世界経済に経済的・人的被害が生じていることに目を塞いでいる。・・理性がこれら気候汚染者達の本部についに到達した暁には、国際社会は今後の気候の国際的保護に関する精密な提案をひっさげて彼らを助ける必要が生じるだろう。ドイツ政府には常にその用意がある。」と。

 やがてカトリーナによる甚大な被害が明らかになると31日にはシュレーダー首相がお見舞いの書簡を米国に送り、翌9月1日にはフィッシャー外相が、災害救援・復旧にいかなる協力も惜しまない旨の意思表示をしました。しかし、二人とも環境相をたしなめる様子はありません。ドイツ世論が環境相の考えを全面的に支持しているからです。

 地球温暖化がハリケーン類の強大化をもたらしているかどうかは、まだ学者の間でも議論が分かれているのですが、地球温暖化問題を正視しない米ブッシュ政権に対する欧州での怒りをドイツの環境相が代弁した形です。

(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/09/01/AR2005090101533_pf.html9月2日アクセス)による。)

3 顕在化した米国内の第三世界

 ニューオーリーンズでは、カトリーナが去ってから略奪行為が始まりました。最初のうちは食糧や生活必需品、そして医薬衛生用品の略奪でしたが、そのうちあらゆるものが略奪の対象になり始めました。略奪された病院もあります。銃器店も略奪の対象となり、銃器を振りかざす強盗も多発し始め、その一方で強姦事件も頻発するようになりました。

 このような治安の悪化に伴い、住民の市外への退去や救援物資の搬入にも支障が生じ始めたため、災害救援に従事していた市の警察官を全員、当面治安維持に振り向けざるをえない状況になりました。

 州兵の派遣を含む連邦政府の救援・復旧活動の本格化により、早晩情勢は沈静化に向かうと考えられているものの、これは、2003年4月に多国籍軍によってイラクのフセイン政権が打倒された直後のバクダットの様子に生き写しです。

 (以上、http://www.nytimes.com/aponline/national/AP-Katrina-Looting-HK1.html?ei=5094&en=ac83f77a8295731f&hp=&ex=1125547200&partner=homepage&pagewanted=print(9月1日アクセス)、

http://www.guardian.co.uk/katrina/story/0,16441,1560930,00.html(9月2日アクセス)、及びhttp://www.cnn.com/2005/WEATHER/09/01/katrina.impact/index.html(9月2日アクセス)による。)

 まさに、カトリーナが米国内の第三世界が顕在化させた、と言って良いでしょう。

 そして、この第三世界の住民の殆どが黒人の貧困層である(注2)ことは、現地から中継されるTV画面を見るだけでも歴然としているというのに、レポーターやキャスター達は一様にこの点については押し黙っているようです(http://slate.msn.com/id/2124688/。9月1日アクセス)。

 (注2)ニューオーリーンズの市民の67%は黒人であり、27.9%は貧困ライン以下だ。貧乏な黒人達の多くは、避難勧告を無視して市にとどまった。貯金や保険などゼロなので、留守中家財道具が略奪されたらお手上げだし、そもそも避難する手段たる車を持っていない人も少なくないからだ。