太田述正コラム#8512005.9.4

<イラク戦争の前例探し(その3)>

 (3)米英戦争

 ア 問題提起

イラク戦争を米英戦争(1812?14年)になぞらえるのは、米国の著名な歴史家のアーサー・シュレジンジャー(Arthur M. Schlesinger Jr.)です。

(以下、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A6303-2004Dec16?language=printer20041218日アクセス)による。)

 イ 米英戦争について

最初に、米英戦争についてご説明しておきましょう。

主たる原因は、英国が対ナポレオン戦争を遂行する過程でナポレオンの支配下にある欧州に対する経済封鎖を行い、そのとばっちりが米国にも及んだことです。

英海軍が封鎖破りをする米国の商船を臨検し、積荷を没収したこと、更には英逃亡兵捜索と称して手当たり次第に米国の商船を臨検して(見た目では英国人と見分けが付かない)米国人の乗組員を連れ去り、英海軍の艦艇で勤務に就かせたこと、が米国の朝野を激高させました。

ここに副次的な原因がからみました。

インディアン襲撃からの防衛に藉口した米国辺境地域における領土拡張熱です。

西部では、英国が植民地のカナダを通じてインディアンを支援しており、南部では(英国と同盟してフランスと戦っていた)スペインが植民地のフロリダを通じてインディアンを支援しているとして、それぞれカナダとフロリダを米国は併合すべきだ、という声が挙がります。

こうして米国は英国に宣戦布告をしたのです。

(以上、http://www.army.mil/cmh-pg/books/amh/amh-06.htm(9月3日アクセス)による。)

その結果は、同等の艦艇同士の戦いでは米側が勝った時の方が多かったとか、ボルチモアやニューオーリーンズの陸軍同士の戦いで勝利した、と健闘はしたものの、首都ワシントンを焼き討ちされる等さんざんな目にあって、戦争目的は何一つ達成できないまま、終戦となります(http://www.historycentral.com/1812/Index.html(9月3日アクセス)も参照した)。

  ウ 類似点

 シュレジンジャーが、米英戦争とイラク戦争の類似点として挙げるのは次の 点です。

 第一に、どちらもいかにももっともらしい大義を掲げて戦われたという点です。

 すなわち、米英戦争に関しては、米国を辱めた母国英国を弾劾する、という大義ですし、イラク戦争に関しては、対米テロの根絶を図るために中東イスラム世界の体制変革をなしとげる必要があり、その第一歩としてイラクの体制変革をなしとげる、という大義です。

 第二に、どちらも、それぞれの大義の追求に見合う手段の持ち合わせがないのに始めた戦争であった点です。

 すなわち、米英戦争に関しては、世界最強の英海軍に、ひよこのような米海軍ではむかったことですし、イラク戦争に関しては、かつてはイラクの体制変革の困難性を自覚していた(注5)というのに、9.11同時多発テロによって頭に血が上ったのか、突然この判断を変えてイラク戦の開戦に至ったことです。

 (注51991年にブッシュ(父)米政権の国防長官は、「バクダットを落としたところで、それからどうしたら良いかがむつかしい。・・どんな政府をつくるのか・・その政府が米軍によって樹立されたら、<イラク国民から>信用されるだろうか・・米軍がイラク内の内戦に巻き込まれるようになれば、それは泥沼以外のなにものでもない。われわれは絶対にそのような状況に陥ることを望まない」と述べている。この国防長官は、何と現在のブッシュ米政権のチェイニー副大統領だ。

 第三に、どちらも、共に戦う仲間を十分に募らずして行われた、米国の一国主義(unilateralism)を代表する戦争であった点です。

  エ 感想

 イラク戦争が米英戦争になぞらえられるとすると、イラク戦争は、米英戦争がそうであったように、引き分けで終わるということになるはずですが、イラク戦争における引き分けとは一体何を意味するのか判然としないのが悩ましいところです。

(4)ベトナム戦争

 最後に、皆さんお待ちかねの真打ち、ベトナム戦争の登場です。

(以下、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/blog/2005/06/21/BL2005062100755_pf.html(6月22日アクセス)及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/4202186.stm(9月2日アクセス)による。)

(続く)