太田述正コラム#9612005.11.22

<フランスにおける暴動(その11)>

  イ 戦後初めて差別感情が生まれた

 状況を一変させたのが、先の大戦における日本の敗戦です。

 日本が朝鮮半島を植民地統治したことは、支配された側にとっては悲劇であり、日本をうらむことは当然かもしれません。

 しかし、客観的に見て朝鮮半島の近代化が日本の支配下で大いに進捗したことはまぎれもない事実である(注19)だけでなく、日本国内においては既に見てきたように、そして恐らく半島においてもまた、個々の日本人はおおむね心暖かく朝鮮の人々に接してきた(注20)と考えられます。

 (19)この植民地近代化論は、米英においては、ハーバード大学教授のカーター・J・エッカート 等が唱える通説だが、韓国では絶対少数説であり、ソウル大学教授の李栄薫や評論家・作家の金完燮等が迫害に耐えつつ、頑張っている(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E7%B5%B1%E6%B2%BB%E6%99%82%E4%BB%A3_%28%E6%9C%9D%E9%AE%AE%291121日アクセス)

 (注20)在日には、日本列島に居住している日本人として、選挙権・被選挙権が与えられていたことは覚えておいてよい(http://www.jinken-net.com/old/tisiki/kiso/zai/go_0403.html1121日アクセス)。

しかも、在日は、徴用(これは強制連行とは言えない)で日本に連れてこられたごくわずかの人々を除けば、自分の意思で、よりよい生活を求めて日本列島に渡ってきた人々です。

 にもかかわらず、敗戦に打ちのめされた日本人に対して、在日は次のように牙を剥いて襲いかかったのです。

 「彼らは敗戦国にのりこんできた戦勝の異国人<の>ように、混乱につけこんでわが物顔に振舞いはじめた。米でも衣料でも砂糖でも“モノ”が不足していた時代に彼らは経済統制など素知らぬ顔でフルに“モノ”を動かした。・・金持が続々と生まれていった。完全な無警察状態・・である。」(鄭前掲31頁)、「経済的領域における朝鮮人の・・<このような>活動は、日本経済再興への努力をたびたび阻害した。」(同29頁)、「<しかも、かかる>朝鮮人の犯罪性<や>・・略奪行為<は>、大部分、下層民の日常生活にとつてきわめて重要な地域において行なわれた<。>」(同30頁)、「かつて居留民団の団長をし、本国の国会議員にもなった権逸氏<は>、・・回顧録・・のなかで「今でもその時のことを思い出すと、全身から汗が流れる思いがする」と書いている<。>」(同32頁)、その結果、「この時代の日本人には、「朝鮮人と共産主義・・火焔ビン・・やみ・・犯罪」を結びつけて考える心の習慣ができあが<り、この>日本人の在日に対する「悪者」や「無法者」のイメージや印象は、強度や頻度を弱めながらも、60年代や70年代の調査にも現れているのである。」(同33頁)。

 このように、戦後の占領期における在日による、(いわば)日本人差別によって、日本人は、初めて在日に差別感情を抱くに至ったところ、この差別感情は、戦後60年を経た現在、いまだに日本人の潜在意識の中に生き残っているのです。

  ウ 在日による日本人差別の継続

 しかし、日本人は在日(これ以降は、朝鮮半島出身者またはその子孫で日本永住者だが日本国籍を取得していない者を指す)を差別するどころか、腫れ物に触るような態度で接し続け、在日による日本人差別は、事実上継続します。

 例えば、1954年には生活保護受給対象が外国人(その大部分は在日)に拡大され、やがて在日が生活保護の半分を占めるようになってもこれを受忍し、在日が3割方占めているとも言われる暴力団は「温存」され、このこととも関連して在日の犯罪率が異常に高いことも見て見ぬふりがされ、北朝鮮による日本人拉致という重大犯罪すらつい最近まで放置され、北朝鮮産の覚醒剤が日本での流通量の半分を占めているというのに抜本的取り組みが回避されてきました(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A8%E6%97%A5%E3%82%B3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%B31121日アクセス)。また、金王朝讃美教育を行うところの、単なる各種学校たる朝鮮学校に対し、各地方自治体は、色々な名目で事実上補助金を支給してきました(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%9D%E9%AE%AE%E5%AD%A6%E6%A0%A11121日アクセス)。

それどころではありません。

80年代以後、日本のマス・メディアが第二次世界大戦中の日本の国家犯罪を語り、在日の犠牲写生を語る過程で在日は無垢化されるとともに、「被害者」や「犠牲者」の神話が<確立し>」(鄭前掲33頁)、在日による日本人差別が名実ともに正当化され、現在に至っているのです。