太田述正コラム#9762005.11.29

ホロコーストはあったのか?(続々)

 私が、ホロコースト否定論は与太話である、と指摘したことに対し、お二人の読者の方々から、

><ホロコースト否定論は>資料が恣意的に用いられている感は否めませんね。しかし、なるほど論法自体は一応論理的だと思います。(同意はしませんが)・・これに反論するならば、こちらもそれに相当する資料を示す必要があります。「英米、就中英国の高級紙の記事・論説や、英米、就中英国の一流大学の学者の言」では連合国側に有利なものばかりで、著しく公平性に欠けるでしょう。

>具体的な内容の検証(××の部分が××という理由で間違っている)が全くないくせに『ヨタ話』と決め付ける<くせに、>『?とは考えられません。』『?があるはずです。』<と>・・ヨタ話と決め付けている根拠が憶測だけである。この論法はどこかで見たことがあります。そうです。『アメリカは宇宙人の死体を隠している』とか『聖書には未来を予言した暗号が隠されている』というエセ科学です。・・コラムに書かれている論法はまぎれもなくエセ科学のそれです。

という批判が寄せられています。

 前者の読者は、継続的に私のコラムをお読みになっておられるようですが、後者の読者は、たまたま私のホロコースト・シリーズだけをお読みになったのかもしれません。

 いずれにせよ、私の方法論はいかなるコラムを書く時も一貫しているのであって、その方法論が「著しく公平性に欠ける」とか「エセ科学」的であると本当に思っておられるのだとすれば、そもそも私のコラムをお読みになるのは時間のムダ、ということになります。ぜひもっと有効な時間の過ごし方をされるよう、老婆心ながらお勧めしておきます。

 しかし、ひょっとしたら、他の読者の中にも同じように思っておられる方が少なくないのかも知れません。これらの方々の「著しく公平性に欠ける」「エセ科学」的なものの考え方に猛省を促すため、本来不必要なこのコラムを書くことにしました。

2 ホロコースト否定論与太話論の補足

 私は、英国の裁判官が判決の中で、「<アーヴィングが>ホロコーストに関しては、一貫して意図的に第一次資料をねじまげ<た>」とした(コラム#970)のは、ケンブリッジ大学のエヴァンス教授の証言、「アーヴィングのすべての本や講演や論考の中のたった一つの段落、たった一つの文章でさえ、それが扱っている歴史的事案の正確な描写であると信じられるものはない。」(コラム#970)を、アーヴィングのホロコーストに関する本・講演・論考に限定して、採択したもの(注1)であり、「ねじまげ」は、第一次資料の意図的誤読(misrepresent)と改竄(fabricate)からなる、と解しています。

 (注1)エヴァンスの証言が、アーヴィングのホロコースト否定論に関して、誤りであることを証明できれば、権威あるケンブリッジの歴史学教授の席が一つ空くことにつながる可能性が高いことから、この証言はこの席を虎視眈々とねらっている世界の大勢の歴史学者の厳しいpeer review の対象になっているはずだが、裁判が終わった2000年以降今まで、一切、誤りを指摘する声は挙げられていない。だから、エヴァンスのこの証言は正しいと考えざるをえない。

 

他方、アーヴィングは、並み居るホロコースト否定論者の中では、最も学問的業績がある「まとも」な人物です(コラム#969970)。

 いわんや、アーヴィング以外の、より「まとも」でないホロコースト否定論者なら当然、その立論を第一次資料の「ねじまげ」によって展開しているに違いない、と判断した次第です。

 実際そうなのであって、そのことは、詳細にホロコースト否定論を論駁するサイト http://www.nizkor.org/qar-complete.cgiを読むまでもなく、簡易なサイトhttp://www.jewishvirtuallibrary.org/jsource/Holocaust/denial.htmlを読むだけでも明らかです。

 そんなホロコースト否定論及び否定論への論駁論の中身に立ち入ってこれを紹介すること自体、時間の無駄だと考え、差し控えたわけです。

 しかし、読者の方々が、それこそ何の根拠もなしに無茶苦茶なことを言っておられるので、この際、少しだけ中身に結論的に触れておきます。

 ナチスによる欧州におけるユダヤ人の絶滅計画はあった。

 東方戦線以外ではユダヤ人は、もっぱらガスによって殺害され、焼却されたのに対し、東方戦線ではユダヤ人は、もっぱら集団で銃殺され、埋められた。

 ユダヤ人殺害数は、前者は300万人から400万人と推定され、前者・後者合わせて、510万人から590万人が固いところ、とされている。(ニュルンベルグ裁判の時点では、約570万人と推定されていた。)

 ユダヤ人を主体とする強制収容所が強制労働を目的とするものであったとする指摘は、ホロコースト否定論者によっても全くなされていない。

 (以上、上記二サイトによる。)

3 私の方法論の補足

 私は記者でもないし、既に(コラム#669で)申し上げたように歴史家でもありません。

 すなわち、主としてインターネット・サイトに掲載された第二次資料に典拠して立論を展開してきました。

 そのことに、疑義を呈されても、どうしようもありません。私には、ニュースの現場をかけずり回ったり、あるいは第一次資料に直接当たって(その資料の信頼性や偽造の有無を判断する)資料批判を行ったりしているカネとヒマはないからです。

 いずれにせよ、私が立論を展開する際に鍵となるのは、典拠とするサイトの信頼性であり、その信頼性を判定する私の能力です(注2)。

 (注2)悩ましいことに、信頼性の比較的高いサイト同士でも、記述された事実が食い違っていることがある。そういう場合、どちらに書いてある事実を採択するかについても、私の能力が問われることになる。

 

この私の能力について、皆さんに改めてご判断を願うためにも、(コラム#974で)プーチン訪日への日本と英米のメディアの評価を比べ、どうして後者の方が信頼性が高いと判断したかを記した次第です。

 それにしても、皆さんの議論を見ていて、日本でも欧米のようにディベート教育を行う必要を痛感しています。